ダイ バーシティー

 

 

 私は先に、『 どうも私たちは、まずは「違いを認める」ところから出発しなけばならないようである。したがって、ここではとりあえず「違いを認め る」ことの重要性を強調することとしたい。浅海保がその著「アメリカ、多数はなき未来(2002年8月31日、ETT出版)」で紹介しているアメリカのも うひとつの注目すべき流れ「ダイバーシティー(多様性)」がある。 』と述べた。この流れが今後どのように進展していくかはわからない。わからないが、少 なくとも今言えることは、そういう流れに沿って・・・・、私たち日本人もアメリカ人と一緒に考えながら、世界における平和の原理を追い求めていかなければ ならない・・・・ということではなかろうか。

 それではそういうアメリカにおけるダイバーシティーの流れについて、浅海保の上記著書にしたがって、説明しておきたい。

 

 

『 あらゆるものが急速に、また激しく変化してきたアメリカ社会の中にあって、ほとんど変ったようには見えない、あるいは他に比べはるかに変化の度 合いの小さいものがある。黒人たちだ。

もちろん、この間に間違いなくエリートの座を確実にしたものもいる。だが、その一方で、いまだに圧倒的な数の黒人たちが貧困を生きている。

ところで、そんな変化の小さい黒人たちのありようをよそに、大きく進んだ変化を象徴するものがある。「ダイバーシティー」だ。

かって、アメリカは「人種のるつぼ(メルティング・ポット)といわれたが、それがいつしか「サラダ・ボウル」に取って変わられるようになった。世界 中からやってきたさまざまな種類の人間たちが、すでに存在する「アメリカ流」に何とか溶け込んで共生しようとするのが「るつぼ」の論理であるとするなら、 「サラダ・ボウル」は、「アメリカ流」というものがすでにあるのではなくて、多様な人々が共生しつつ次第に作り上げていくのが「アメリカ流」なの だ・・・・という発想への転換といえる。

そんな転換をもたらしたキッカケが1960年代の公民権運動であり、また、これを端に発した黒人による「ブラック・ナショナリズム」だった。

だが、その後の事態の進展は、間違いなく人びとの想像を超えている。

当初、人々の頭の中では「白人対黒人」の図式がもっぱらだった。が、時が経つとともに、白人の中でも、アメリカにもっとも早くやってきた、いわゆる アングロサクソン系に対抗し、他のさまざまなグループが自己主張を強めたのだ。これに、当時、急激に増え始めていたヒスパニックやアジア系なども加わり、 それぞれが「溶け合う」ことを良しとせず、互いに「独立しながら」共存する社会を目指すようになった。

と同時に「多元主義社会」という言葉が盛んに用いられるようになる。だが、これに、90年代に入った頃から、さらに新たな言葉が加わるようになる。 「ダイバーシティー」だ。 』

 

『 アメリカの歴史はそもそも、次から次へと海外からやってくる人々・・・つまり「マイノリティー」を労働者として必要としながら、一方で彼らを 「搾取」し、さらには彼ら同士の間にくさびを打ち込み「分断して支配」してきた歴史であり、その構造自体は簡単に消えそうにない。 』

 

 このように浅海保は言っている。つまり、アメリカの支配層に属する人たちというのは、必ずしも「ダイバーシティー」を理想にしているわけではない ということらしい。むしろ、逆に、マイノリティーたちを互いに対立させてそれぞれの力を弱め、マイノリティー全体に対する「支配」をよりスムーズに行なう ための手段にしようと考えている人たちも少なくないということらしい。そうかもしれない。そうかもしれないが、アジア系やヒスパニックのありようは、まこ とに強烈なものがあるというのも事実であるであろう。私は、アメリカのことについては書物の知識だけでしか知らないししかもきわめて断片的な知識しかない ので、断定的なことはとてもいえないが、浅海保が言うように、そういう葛藤それ自体がアメリカの新たなる挑戦といえるのであろう。浅海保はこうも言ってい るのだが、アメリカの支配層に属する人たちすべてが「ダイバーシティー」を新たな「分断して支配」する手段とにしようと考えているわけではない。「ダイ バーシティー」の可能性をみているエリートも少なくないというのも事実らしい。浅海保によれば、そういう人たちは、「ダイバーシティー」の進展こそがアメ リカの繁栄を約束するものである、との認識をもっている、あるいは、そう信じようとしながら、社会の最先端で動いているというのだ。そうだろう。アメリカ にはそういう人たちがけっして少なくないと私も思う。

 

 わが国のように均一文化の国と考えられている国でもいろいろな違いがあって「統合」はけっして容易ではない。アメリカではなおさらだろう。わが国 は、天皇という統合の象徴をいただいている。アメリカにはそういうものがない。そういう統合の象徴はないのだが、アメリカはわが国と同じように「違いを認 める文化」を創り出す可能性をもっていると私は考えている。希望的すぎるのかもしれないがそう考えている。

 わが国の場合は、歴史と伝統に裏打ちされたところから天皇という統合の象徴をいただいている。そういう歴史と伝統がアメリカにはないということだ が、アメリカに歴史と伝統がないということではない。アメリカのように歴史と伝統の浅い国でも歴史と伝統がないわけではない。アメリカの歴史と伝 統・・・・、それは建国の精神だ。フロンティアスピリットだ! 戦争だけが戦いではない。思想的な戦い、新しい文化を創る戦い・・・・、文化におけるフロ ンティア・・・、これもアメリカが挑戦しなければならないフロンティアである。「違いを認める文化」を創り出すことだ。ここにわが国とアメリカの連携の核 を見出すことができるとすれば・・・・・、おそらく世界は平和の道を進んでいくことができるだろう。平和の道・・・、それは「違いを認める文化」の創造で ある。私は、今後、そういう「違いを認める文化」の創造に取り組む人たちが日米に増えることを願っている。そして、「違いを認める文化」を創る人たちが中 沢新一いうところの「環太平洋の環」に増えることを願っている。そういう夢を見ながら、アメリカにおける「違いを認める文化」創造の核として「環太平洋の 環」の思想、これはとりもなおさず「贈与の思想」というものだが、すでに紹介済みではあるが、再度、そういう「環太平洋の環」の思想の典型としてインディ アンの思想というものを紹介しておきたい。実に素晴らしい「贈与の思想」だ!

 

 で は、アメリカインディアンが、「グレートスピリット」と訳されることになった偉大なるもの(神ないし祖先)に捧げる、「祈りの言葉」(「カイエソ バージュ4・・・神の発明」、中沢新一、2003年 6 月、講談社)というもの に、もういちど、耳を傾けてみることにしよう。これはカナダの五大湖のあた りに暮らしていたオジブア族のものである。

 

  おお、グレートスピリットよ、私は嵐の中にあなたの声を聞きま す。

  あなたの息吹は、万物に生命を授けています。

  どうか私の言葉を、お聞き届けください。

  あなたが生んだたくさんの子供の一人として、

  私はあなたに心を向けているのです。

  私はこんなに弱く、そして小さい。

  私にはあなたの知恵と力が必要です。

  どうか私が、美しいものの中を歩んでいけますように。

  赤と緋に燃える夕陽の光を、いつも目にすることができますように。

  あなたが創り出したものを、私の手がていねいに扱うことができますように。

  いつもあなたの声を聞き取っていられるよう、

  私の耳を研ぎ澄ませていてください。

  あなたが、私たち人間に教え諭したことのすべてと、

  一枚一枚の木の葉や一つ一つの岩に隠していった教えのすべてを、

  私が間違いなく理解できるよう、私を賢くしてください。

  私に知恵と力をお授けください。

  仲間たちに秀でるためではなく、人間にとっての最大の敵を

  わが手で打ち倒すために。

  汚れない手とまっすぐな眼差しをもって、

  あなたの前に立つことができますように。

  そのときこそ、私の命が夕焼けのように地上より消え去っていくときにも、

  わが魂はあなたのもとに堂々と立ち返ってゆけるでしょう。