モノとの同盟

 

 皆さん驚いてはいけない。なんと私の目指す「光と陰の党」とでもいうべき新らしい我が自民党は、一見合理的というより不合理な面が多いし、まあいうなれば矛盾だらけの党である。「ヒューマニズムなんてクソ食らえ!」なんていうとちょっと言い過ぎかもしれないけれど・・まあそうである。「真理の追究なんでばかばかしい!」というとちょっと言い過ぎかもしれないが・・まあそうである。「自由競争なんてクソ食らえ!」なんていうとちょっと言い過ぎかもしれないが・・まあそうである。合理性とか真理とかヒューマニズムとか自由競争とかについては、それとの共生を図り、あえて反対の闘争はしないが・・それよりもっともっと大事なものを追及していく覚悟である。

 

 私の目指すもの・・・・、それは「信」ということかもしれないが、「信」といえば「信」、そうでないといえばそうでないのである。私の目指すもの・・・・、それは「贈与経済」ということかもしれないが、「贈与経済」といえば「贈与経済」、そうでなといえばそうでない。しかし、少なくとも当面は、わが国の経済システムとして、グローバルな市場経済のなかに、「贈与経済」をつくり出していかなければならないのである。

 

1、土木技術と哲学

 私は、近代土木技術がここまで発展した今日、ようやくにして土木哲学を「氾く(ひろく)論ずる」時期がきた・・・そのように思えてならない。土木技術には計画部門、設計部門、施工部門がある。これらは土木技術を支える三大支柱だが、計画部門がこれからの大きな課題だということだ。土木計画学は、国づくり、地域づくりを論じなければならない。土木計画学は、平和の国づくりを論じなければならない。そのためには、哲学を語らなければならないのだ!

2、「劇場国家にっぽん」の構造

 「劇場国家にっぽん」は、この3つの世界からなっている。歴史と伝統を大事にし、とどうじに進歩を大事にする。そのためには何よりも「モノ」づくりが大事にされなければならない。それによってはじめて人々の間に・・・響き合いによる感動が生れてくるのである。延原時行が言うように、大音響に象徴される大きな感動というものがなければ、ニヒリズムから逃れることは難しい。「劇場国家にっぽん」は、大きな感動、小さな感動、あらゆる感動を得るための・・・「場所」づくりと「モノ」づくり、そしてそのためのコミュニティーづくりを目指している。

3、「モノ概念」の重要性

 すごい!中沢新一はすごい!

 すでに前に、私は、中沢新一が21世紀の新しい哲学を創り出してくれるのではないかと、その期待を表明しておいた。中沢新一の著書「フィロソフィア・ヤポニカ(集英社、2001年3月 )」にもとづき田邊元の「種の論理」の解説をしたときのことである。私の期待にたがわず、中沢新一は、「緑の資本論」として新しい唯物論を展開しようとしているのである。その鍵を握るのが「モノ概念」である。私は、中沢新一の「モノ概念」にもとづき技術のあり方を考え、地域のあるべき姿を提唱したいと思う。「劇場国家にっぽん」の一つの側面を明らかにするつもりである。

4、「モノ」と「タマ」

 青山士(あきら)をはじめ先人の叡智に想いを馳せ、我々土木技術者は、万象に天意を覚り、森羅万象の奏でる宇宙のリズムに耳を傾けなければならない。天籟、地籟、人籟を聞かなければならないのである。私は、今、土木技術という言葉を農業土木や建築なども含めて広義の意味で使っている。より広義には、CivilEnineeringということでいいのかもしれない。土木技術は、モノ的技術である。今までつくられたいろんなモノを見て、今まで使われたいろんなモノ的技術を見て、天籟、地籟、人籟を聞き、天意を覚らなければならないのである。

 私たちは、この苦難の時代、伝統の技術、伝統の力というものを信じることから再出発をしなければならない。「世襲の原理」を軽んじてはならないのだ! 

5、「モノ」と「ピュシス」・・・・その1類縁性

 なるほど・・・。そうなんだ。技術とは、「モノ」が内蔵している<あらわれ>を、感覚的対象として目にも見え、手でも触れられるようにすることである。技術により手を加えることによりはじめて「モノ」の本質を感じることができるのである。同様に、技術により手を加えることによりはじめて「場所」の持つリズム性を感じることができるのである。人工が自然を完成するということはそういうことである。

6、「モノ」と「ピュシス」・・・・その2異質性の根源

 この中沢新一の「光と陰の哲学」によってつくり出さなければならない経済システムは、贈与経済である。そして、この中沢新一の「光と陰の哲学」によってつくり出さなければならない政党は、「光と陰の党」であり、伝統の力を重んじかつグローバルな力とも共存を図っていこうとする、矛盾に満ちながらも共生にまい進する政党、ハイブリッド思想を身上とする政党である。自由民主党がそういう政党に変身できるかどうかはまだわからない。わからないが私の直感としては伝統を重んじる保守本流であるが故に十分それが可能でないかと思う。私は、とりあえずそういう新しい哲学を持った「光と陰の党」とでもいうべき新自民党への変革を目指して「劇場国家にっぽん」の構想をまとめていきたいと思う。

7、贈与経済

 今わが国は資本主義の真っ只中にある。キリスト教という「不変の同一性」という神のもとで発達した資本主義の真っ只中にあり、贈与の空間が消滅しつつある。真の豊かさと真の幸福が消滅しつつある。中沢新一が言うように、今大事なことは、モノとの同盟である。わが国だけの問題ではない。資本主義が猛威を振るうところでは、モノとの同盟が必要である。モノとの新しい同盟関係の創造が、今こそ求められているのである。贈与空間の復活である。

8、モノ的技術の復権

 中沢新一いわく。 

 宗教は、モノとの新しい同盟をつくりあげるさまざまな実践へと、解体吸収されていくのである。さまざまな実践、それは個人の探求であったり、協同の実践であったり、伝承文化運動の形をとったり、市民運動と呼ばれることもある。あらわれる形はさまざまだ。しかし、それらすべてがひとつの共通点を持つことになるだろう。それは非人間的なモノへの愛である。人間主義 (ヒューマニズム)の狭量さを超えて、資本のメカニズムをも凌駕して、広々としたモノへの領域へとふみこんでいくのである。そのとき、宗教は死んでよみがえるだろう。宗教がみずからの死復活をおそれてはいけない。だいいち、そのことを説いてきたのは、宗教自身だったのだから。 

 いやあ、すごい!すごい・・・です。さあ、これでやっと「劇場国家にっぽん」の骨組みができそうだ。うれしい。

9、感動システム

 「劇場国家にっぽん」は、この4つの世界からなっている。歴史と伝統を大事にし、とどうじにタマを大事にする。そのためには、市場経済ではなくて、贈与経済によって、「モノ」づくりを進めなければならない。それによってはじめて人々の間に・・・響き合いによる感動が生れてくるのである。「水の音」や「夜もすがら」という宇宙との響き合い、タマとの響き合いによる心の深層部分を震わすような感動というものがなければ、各種のニヒリズムから逃れることは難しい。「劇場国家にっぽん」は、そういう感動を得るための・・・「場所」づくりと「モノ」づくり、そしてそのためのコミュニティーづくりないしネットワークづくりを目指している。それは、贈与経済としての・・・・感動のシステムづくり・・・・といってもよい。 

10、感動システムのイメージ

 伝統技術についての情報センター・「モノづくり博物館」と感性を磨くための「響き合いの場所」・・・・、そしてそれを含む・・・・地域の基礎的産業とNPO活動などとのつながりのシステム・・・・、それらをつくっていかなければならない。これが私のいう贈与経済における感動システムづくりである。これもまた新しいモノづくりであることはまちがいない。

11、モノづくり博物館

 中沢新一のおかげで「モノづくり」の哲学が確立されようとしている。ようやくだ。中沢新一の「光と陰の哲学」によって、わが国は21世紀を生きていかなければならない。歴史と伝統・文化に生きるということだ。いや、中村雄二郎流にいえば、歴史と伝統・文化を生きるということである。私たちは、歴史と伝統・文化を生きなければならない。それは、ホワイトヘッド流にいえば、新しい創造の世界に生きるということだ。このような哲学にもとづいて、21世紀に生きる私たちは、「モノづくり」を国是としなければならない。そして、国民共通のインフラとして、「モノづくり博物館」を創らなければならないのである。

 


ふたたび「モノとの同盟」について

 

 私は、ちょっと誤解していたらしい。同盟というのは、精神的な世界と物質的な世界との同盟のこと理解し、中沢新一が言う「モノとの同盟」というのをタマと物との同盟というように理解してきた。どうもそうではないらしい。恥ずかしながらここに訂正のための文をしたためる。 

 

ここをクリックして下さい!

  

Iwai-Kuniomi