私は、人々の心を突き動かす動機となり得る・・・文化的な価値観が必要なのだと思う。
文化的な価値観を蘇らすには、コミュニティーの再生が不可欠である。
地域的なコミュニティーは農山村でしか再生できない。都市では職業的なコミュニティーと趣味的なコ ミュニティーの再生を図るべきである。それらのコミュニティーがインターネット時代においてどう世界と結び付いていくのか。これはこれからの課題だが、日 本は、「違いを認める文化」という日本のアイデンティティーを大切にし、新しい挑戦に踏み出すべきだ。
たしかに、現代の「ニヒリズム」は日本にも蔓延している。コジェーヴは、「歴史の終焉」を日本に見 たらしい。しかし、コジェーヴは間違っている。そんなことはない。世界における日本の歴史はこれから始まるのである。
そのためには、国際日本文化研究所の安田善憲教授が提唱する「ドラゴンプロジェクト」を下河辺淳の 流域圏構想の代わりに具体化させることが必要である。安田善憲教授は、21世紀のライフスタイルについて、「心豊かに、ゆったりと暮らす」・・・・と言っ ている。すばらしい。桃源郷に暮らす夢、それは縄文への憧れでもある。
中沢新一流に言えば「東北」への憧れだ。そのプロジェクトは、下位計画として、過疎の各集落を「大 畑原則」によって再生していけばいい。サステイナブル・コミュニティーの誕生である。
地域的なコミュニティーが職業的、趣味的なコミュニティーとつながって、世界につながっていく。日本の新しい歴史がはじまるのである。
私は、今まで「平和の原理」を見い出すためにいろいろな旅を続けてきた。それは「歴史と伝統・文化」に根ざした平和な日本であることを夢見てのこ とであるし、また精一杯の国際貢献を通じてわが国が世界のなかで名誉ある地位を築いて欲しいと願ってのことである。「平和の原理」は、わが国の「国づくり の原理」である。「平和の原理」というものを意識しながら、私は「劇場国家にっぽん」というものを提唱しながら、いろんなところで「両頭截断」、或いは「対称性社会」とい うことをいってきた。 現在の「非対称性社会」を何とか変えたいと思うからである。日本は、「違いを認める 文化」という日本のアイデンティティーを大切にし、新しい挑戦に踏み出すべきだ。再度申し上げる。地域的なコミュニティーが職業的、趣味的なコミュニ ティーとつながって、世界につながっていく。そのことによって、日本の新しい歴史がはじまるのである。「劇場国家にっぽん」、それは「対称 性社会」にほかならない。家族や地域の重要性を見直し、魂に触れる「対称性社会」を取り戻さなければならないのである。
風樹茂は、今子供達をも蝕んでいる現代の「ニヒリズム」とともに、ホームレス問題にひそむ現代の「ニヒリズム」についてもその本質を鋭くついてい るが、この際、ホー ムレス問題についての彼の見解を紹介しておく。「劇場国家にっぽん」の大きな課題と思うからだ。
『 なんとも不思議な光景である。これが先進国といわれる国なのだろうか。1箇所にこれだけの数のホームレ スが集まっているのは、訪れたことのある限りの20数カ国では、見たこともない。インドのカルカッタよりも ずっと多い。頭の中にみるみる疑念が沸いてくる。
確か国際協力事業団のパンフには「我々先進国の人間は、ヒューマニズムの観点から途上国に対して無関心 ではいられない」とある。だが寡聞にも、日本の政治家たちや官僚、とりわけ大蔵官僚たちが、ここの現状を 視察に来たとは知らない。
海外には、1兆億円もの援助をしている。この国は、まるで外見が大事とばかりに破産した肉親は見向きも せずに、町内会一の寄付金を贈与する、馬鹿一家のようである。
会社をリストラされた筆者は、三歳の息子といっしょに、似たもの同士の境遇にある彼らと交友を結び、そ して彼らをとりまく人々と接した。ホームレスの中には、会社の元社長もいれば、元船員もいれば、出稼ぎの日系人もいれば、修業僧もいる。 様様である。また彼らを取り巻くのは、ダフ屋、公園の管理者、炊き出しをする韓国系のキリスト教会な ど...なにかしら公園は共和国のような独立した空間を作り出している。 』・・・・・と。
風樹茂は、その著「ホームレス人生講座」(中央新書ラクレ、2002年11月)の中で、ホームレスを「無縁地獄」といい、「縁」というものを重視 している。特に、家族の縁(血縁)や地域の縁(地縁)の重要性を指摘している。私も全く同感で、「無縁地獄」からホームレスを救うのは、対症療法はともか く、根本的にはやはり家族や地域の重要性を見直すことであると思う。ホームレス問題にひそむ現代の「ニヒリズム」は「劇場国家にっぽん」の大きな課題であ る。家族や地域の重要性を見直し、魂に触れる「対称性社会」を取り戻さなければならない。「歴史と伝統・文化」を生きるわが国らしい日本を早急にとリ戻さ なければならないのである。