源氏物語の宇宙性と天皇制の劇的空間

 

 

 源氏物語はまことにスケールの大きい宇宙論的な物語である。今私は源氏物語をひとつの下敷きにとして天皇制のあるべき姿を模索しようとしている。どういうことになるかわからないが、ともかく天皇制の劇的空間に迫っていこう。システムを具体的に想像するのはそのあとでいい、ともかく天皇制の劇的空間を頭に描くことだ。

 

私のホームページは「旅」をテーマに始まったようなものだが、今もなお「旅」の途中ではある。まず最初に私は、平和の原理を追い求めて、怨霊や妖怪をキーワードに「平安遷都の旅」をした。その旅は、もちろん京都に始まったのであるが、円仁は立石寺に行き着いたところで立ち往生となった。どこへ行くのが面白いか。「旅」のテーマは「平和」である。平和の原理を追い求めての旅・・・、その行き先を探していたら「憲法」が頭に浮かんできて、連想ゲームのようであるが、「貞永式目」、「明恵と北条泰時」、「武家社会源流の旅」となった。この旅はまだ途中である。明恵は高山寺まで行って今度は意識的に立ち止まった。明恵の思想を多少なりとも勉強する必要が生じたこともあるが、わが国の国土づくりや地域づくりの哲学をもう少し勉強する必要性を深く意識したからである。天皇制というものは終局の演劇空間であるが、哲学的にいえば、所詮国土づくりとか地域づくりとはさまざまな演劇空間をつくることではないのか。演劇空間といって語弊があるのなら、西田哲学「場所の論理」にもとづく「場所づくり」と言い換えてもいいが、まあ私流に言えば「響き合い」の空間をつくることだし、所詮国土づくりや地域づくりは演劇空間というか劇的空間をいろいろとつくることだと思う。劇的空間はいうまでもなく劇的な感動を与える空間であり、中村雄二郎のリズム論を援用して言えば、それはとりもなおさず「響き合い」の空間である。

 

このような観点から、私は、「劇場国家にっぽん」の旅を新たに始めているのである。その旅も源氏物語を意識してようやくここまできた。宇治の恵心院と横川の恵心院を訪れることができ、ようやく地獄が語れるようになった。地獄を語ることなしに天国を語ることなどできはしない。怨霊や妖怪を語ることなくして平和を語ることはできないし、武家社会という権力を語ることなくして天皇制という権威を語ることはできない。山口昌男がその地平を切り拓いてくれたように、文化というものはそもそも「両義性」を有しているからである(「文化と両義性」、山口昌男、岩波書店、1975年5月)。 

 

源氏物語はまことにスケールの大きい宇宙論的な物語である。宇宙論的な物語がなければ天皇制などというわが国の根源的なシステムを想像しその絵を描くことなどできはしない。さあそれでは源氏物語の宇宙性と天皇制の劇的空間に迫っていこう。 

 

1、光源氏の栄光

2、光源氏の朧月夜(おぼろづきよ)との密会

3、新枕の陶酔

4、夢のハーレム・六条院

5、ユルスナールの花散里(はなちるさと)

6、源氏物語における両義的論理について

7、源氏物語における贖罪の生活

8、源氏物語の宇宙性

9、天皇制の劇的空間

10、「冬祭り」の哲学

11、対称性社会の知恵

12、宇宙性のトポス

 

 

 

Iwai-Kuniomi