光源氏の朧月夜(おぼろづきよ)との密会

 

 

 天皇というものは秩序の中心にあって完全である。人に後ろ指をさされるようなことがあってはならない。だからこそ光源氏と藤壺との間に生れた不義の子供をそのまま自分の子供として育てるのである。その苦悶は光源氏の理解の外である。皇子というものは秩序の外にある。中心のはるか周縁部にあってそこは混沌・・・・。皇子としての光源氏は、類い(たぐい)まれな聡明さとやさしさをもちつつも、混沌の世界に生きている。傍若無人、自由奔放を生きているわけだ。だからこそ宮中の女性の人気を独り占めにしているのかもしれないが、まあいい加減といえばいい加減である。桐壺の帝が崩御されて間もない頃、光源氏は朧月夜(おぼろづきよ)と密会を続けていたが、藤壺中宮への恋慕を抑えがたく、ある夜、彼は藤壺中宮の寝所に忍び込んだ。桐壺の帝が崩御されて間もないのに・・・である。光源氏の倫理観はどうなっているのであろうか。いや、忘れていた。彼に倫理観がどのこうのというのは通じないのを忘れていた。彼はそういう倫理観の通じる常識の世界ではなくて混沌の世界に生きているのだった。さすがに藤壺中宮はやがて天皇になるであろう東宮の母である。混沌は拒否しなければならない。混沌は拒否して秩序の中でやがて天皇になる自分の子供を守らなければならない。当然だ。藤壺中宮は、東宮の身を守り光源氏の恋慕を断ち切るために出家を決意する。このような状況の中、光源氏の朧月夜(おぼろづきよ)との密会は続いていき、遂に、右大臣に現場を抑えられる。以下、瀬戸内寂聴の「私の源氏物語」(集英社文庫、集英社、1993年6月)により光源氏と朧月夜との密会ぶりを紹介しておこう。

 

 

■怪しの男帯(おとこおび)

 

 朧月夜(おぼろづきよ)の君は、源氏と通じてしまったので、東宮妃としての予定された運命に狂いが生じた。それでも弘徽殿大后(こきでんのおおきさき)は、妹を東宮妃からやがて女御にという夢は

光源氏の晩年を描いた場面を次に紹介したいと思います。私が下手な解説をするよりも、例えば・・・ということで、瀬戸内寂聴の解説を紹介するのがいいと思う。それでは以下に瀬戸内寂聴の「わたくしの源氏物語」(集英社文庫、集英社、1993年6月)から関係部分を引用する。捨てきれないので御匣殿(みくしげどの)として入内(じゅだい)させた。御匣殿は衣服調製の女官の監督だが、天皇、東宮の寝所に侍(はべ)ることも多い。もちろん、朧月夜の君は朱雀帝(すざくてい)の寵愛(ちょうあい)を受けた。桐壺院(きりつぼのいん)の崩御の後は、二月に尚侍になった。

 家柄がよい上に性質もいいので時めいていた。大后がほとんど里がちなので弘徽殿を局(つぼね)にもらって住んでいる。

 華やかな御所の暮らしも、源氏を忘れられない朧月夜の君にとっては辛く、ひそかに源氏と文通して想いを通わせて危ない密会を重ねている。帝が五壇の御修法(みずほう)(天皇や国家の重大事に行う修法)のため潔斎している隙(すき)を盗んで大胆な密会をしたりする。弘徽殿の細殿(ほそどの)でのあわただしい密会は、すぐそばを人が通るような場所なので、命がけの緊張である。源氏は面倒な恋ほど情熱が燃えるという困った癖があるので、帝の寵愛を受けている今の女にいっそう情熱をかきたてられている。

 朧月夜の君は今まさに花の咲きほこったような女盛りで、あでやかに若々しく美しい。

 朧月夜の君は権勢家の右大臣家の姫君として育ったせいか、あまり自分の感情を抑えつけたり我慢しようとするところがない。源氏に対しても臆(おく)せず、便りがないと自分から出すほどの積極性がある。そんな朧月夜の君を源氏が可愛く思わぬはずがない。

 藤壺(ふじつぼ)が出家し、右大臣家一派が時を得て、源氏や左大臣家一統は面白くない失意の日々がつづいていた年の夏、朧月夜の君はおこりを患(わずら)って里帰りしていた。御祈祷(ごきとう)の効があり、病気もようやく快復しかけると、朧月夜の君は源氏とひそかに連絡をとり、邸(やしき)に引き入れる。

「例のめづらしき隙(ひま)なるをと、聞こえかはしたまひて、わりなきさまにて夜な夜な対面したまふ」

 とあるから、朧月夜のほうから「めったにないよいチャンスだから」と積極的に源氏に連絡をとり、しめしあわせて、無理な算段を重ねて、毎夜毎夜密会したということになる。この大胆不敵さは、朧月夜の育ちから、たいていの望みはかなえられてきた自信とわがままによるものだろうけれど、何よりも彼女が心ならずも入内して朱雀帝に愛されながらも、一日として源氏を忘れられない堰(せ)かれた恋の情熱によるものだろう。この年、源氏二十五歳、朧月夜二十二歳の夏であった。

「いと盛りに、にぎははしきけはひしたまへる人」

 と書かれているのは、女盛りで、華やかで明るい感じの人ということである。これまでの描写も、朧月夜は、はなやかな人という感じに描かれている。肉づきのいい派手な明るい女だったのだろう。その彼女が病気で少しやつれてほっそりとしている様子が、源氏の目にはいつもよりいじらしく可愛く見える。

 弘徽殿大后はこの頃はほとんど里の右大臣邸に住んでいるので、この密会は実に危険なのだが、源氏は危険で難儀な恋ほど燃えたいという例の癖から、熱心に通っていく。女房たちも気づいてきたけれど、ばれると自分たちの責任を問われて面倒なので、見て見ぬふりをし、大后に密告する者もいない。

 そんなある夜、突然、激しい雷雨が降り、怖がった女房たちがみんな朧月夜の部屋に逃げこんでしまったので、源氏は暁方帰るに帰れなくなってしまった。ふたりのこもっている帳台のすぐそばまで女房たちがつめかけているので、さすがに源氏も困りきり、どうしようもない。いつも源氏の手引きをしている二人の女房も困り果てている。

 夜がすっかり明け、雷も雨もややおさまった時、右大臣が心配して朧月夜の部屋へ見舞いに来た。せかせかと入って来た右大臣は入口の御簾(みす)を引きあげざま、

「どうしていますか。昨夜はまったくひどかったな。心配していたがお見舞いに来られなかった」

 などと早口にいいながら入って来た。朧月夜の君は動転して、帳台からあわててにじり出て来た。その顔が羞恥(しゅうち)と狼狽(ろうばい)で赤いのを見た右大臣は、

 

「おや、顔色がたいそう赤い。熱がまだあるのかな。しつこい物(もの)の怪(け)などついていると困るから、もっと修法をつづけたほうがよかったかもしれない」

 などといいながら、ふと見ると、朧月夜の袿(うちき)の裾(すそ)に薄色の藍染(あいぞめ)の男帯(おとこおび)がまつわりついて引き出されているではないか。これはと見ると、まだその上、几帳の下に男用の懐紙(かいし)に手習いしたものが落ちているのだった。これは何事だと驚愕(きょうがく)して、

「あれは誰のものか、怪しいものだ。よこしなさい。誰のものか調べてみよう」

 といきりたつ。朧月夜の君も懐紙に気がつき、もはや取りつくろいようもないので絶句して度を失い、茫然自失(ぼうぜんじしつ)している。右大臣は興奮して前後の見さかいもなくなり、懐紙をつかむなり帳台の中へ首をつっこみ、無遠慮にのぞきこんだ。中にはたいそう色っぽい様子で源氏がしなやかに横たわり、悪びれた様子もなく、見つけられた今になって、顔をかくそうとして夜具などひきかむろうとしている。右大臣はあまりのことに怒りに逆上したものの、面と向かっては源氏とあばきたてるわけにもいかず、懐紙を持って足音荒く出ていってしまった。

 朧月夜はあまりのことに、死にたいほど恥ずかしく、生きた心地もないようにうちしおれている。

 源氏はそんな女の様子を可哀そうにいじらしく思う。とうとう、つまらぬ軽率な振舞いを重ねた結果、世間の非難にさらされることになるのかと自嘲(じちょう)しながら、朧月夜の君が、この不始末がどうなるのかと悲しみ悩んでいるのを、ひたすら慰め励ますのだった。

 ロミオとジュリエットのような愛してはならない者同士の恋の破局が、こんな形で突然訪れるとは想像出来ただろうか。この不祥事が源氏の運命を大きく狂わせる引き金になるとは、まだこの時点で源氏は気づいていない。

 

 

 以上、瀬戸内寂聴の「私の源氏物語」(集英社文庫、集英社、1993年6月)により光源氏と朧月夜との密会ぶりを紹介したが、光源氏の大胆不敵さはすごい。すごいの一語に尽きる。なお、ちなみにいえば、光源氏の3歳のときに母・更衣(こうい)がなくなり、6歳のときに祖母もなくなる。頼る人が天皇しかいなくなるが、多分、天皇の意向もあってのことだろう、左大臣がそれとなく光源氏を守る役目を担うようになる。右大臣の孫は第一皇子であり、光源氏は聡明な子供であっただけに邪魔である。右大臣側から光源氏の命が狙われても不思議ではない状況であったのである。

左大臣は味方、右大臣は敵という図式の中、光源氏は12歳で元服ののち左大臣の娘・葵の上(あおいのうえ)と結婚する。12歳といえばまだまだ子供である。かの有名な「雨夜の品定め」は光源氏17歳の頃である。葵の上(あおいのうえ)との結婚後5年を経過していよいよ光源氏の本領が発揮され始める。葵の上(あおいのうえ)のところにはついつい途絶えがちにしか訪れなかったが、左大臣は精一杯光源氏への奉仕に努めた。

これに対し右大臣は虎視眈々と光源氏の失脚を狙っていたのである。こともあろうに、光源氏はその右大臣の娘・朧月夜(おぼろづきよ)をなびかせてしまう。凄腕としか言いようがない。光源氏20歳の春、紫寝殿(ししんでん)の桜の宴が催された。夜がふけて行事は終わったが、月の美しい晩で酔い心地の光源氏は、万が一にもチャンスがないものかと、藤壺の辺りを歩いていた。だが、どこも戸締りは堅く隙はなかった。そのまま帰る気にもなれず、右大臣の娘のいる寝殿に立ち寄ると、そこは戸締りがしていない。これ幸いに忍び込む。とすると、若い女がきれいな声で「朧月夜に似るものぞなき」と口ずさみながら歩いてくる。光源氏はうれしくて女の袖を捉え、ひさしの間に抱き下ろした。光源氏は宮中の女性の注目の的。彼女にもその人が光源氏と判ったのだろう。腕の中の女性の身体から、ふっと力を抜けたのを知り、そのまま光源氏は、包み込むようにして彼女を抱きしめる。あとは夢心地・・・、このようにして朧月夜(おぼろづきよ)とできてしまう。誰あろう、この朧月夜(おぼろづきよ)こそ右大臣の6番目の娘であり、いずれ朱雀帝の寵愛を受けることになる。先に紹介した光源氏の朧月夜(おぼろづきよ)密会の現場は右大臣の屋敷内・朧月夜(おぼろづきよ)の寝室である。敵陣真っ只中というところか。大胆不敵というしか言いようがない。

 

Iwai-Kuniomi