天皇制の劇的空間

 

 

 私は先に、次のように述べた。

「源氏物語は、歴史的側面、心理的側面、宗教的側面、文化的側面などさまざまな側面から語られてきた。しかし、今までどちらかといえば、神話的側面や哲学的側面から源氏物語が語られたことはなかったのではないか。これからは神話的側面や哲学的側面からも源氏物語が語られなければならない。源氏物語がもつ宇宙性がもっともっと語られなければならないのである。」・・・と。

「劇場国家にっぽん」としては、源氏物語の劇的空間、それはとりもなおさず天皇制の劇的空間ということであるが、源氏物語の劇的空間が余りにもお粗末である。物語が矮小化されているのだ。宇宙論的な劇的空間が少ない。

 

 私はまた別のところで、次のように述べた。

「天皇制というものは終局の演劇空間であるが、哲学的にいえば、所詮国土づくりとか地域づくりとはさまざまな演劇空間をつくることではないのか。演劇空間といって語弊があるのなら、西田哲学「場所の論理」にもとづく「場所づくり」と言い換えてもいいが、まあ私流に言えば「響き合い」の空間をつくることだし、所詮国土づくりや地域づくりは演劇空間というか劇的空間をいろいろとつくることだと思う。劇的空間はいうまでもなく劇的な感動を与える空間であり、中村雄二郎のリズム論を援用して言えば、それはとりもなおさず「響き合い」の空間である。」・・・と。

 

 「劇場国家にっぽん」では、さまざまな劇的空間を作ろうとしている。しかし、終局の劇的空間は天皇制を語る空間である。それはとりもなおさず宇宙論的な空間であるからだ。天皇制を語るということは事が余りにも大きすぎる。ここでは問題をもっと神話的哲学的な側面に絞って、天皇制の構造に焦点を絞りたい。もちろん、天皇制の劇的空間について、「劇場国家にっぽん」でそれ以外のことを語らないということではない。そうではないが、今ここでは、天皇制の構造に焦点を絞りたいということだ。天皇制の構造問題から言えば、スサノオとヤマトタケルの物語が源氏物語と並んで重要だ。それはそうだが、やはり源氏物語が創作といえ歴史的に参照しうるものが実に多い。だからこそ、私としては、終局的な劇的空間としてやはり源氏物語の世界をまず挙げたい。源氏物語における宇宙論的な劇的空間、それがとりもなおさず天皇制に関する劇的空間であり、「劇場国家にっぽん」における終局の劇的空間である。

 

 歴史的に、政治権力は天皇のもつ権威を通して支配を拡大してきた。権力と権威は裏腹の関係にある。権力にとって権威の何が必要かというと、それは権威のもつ演劇性である。山口昌男が言うように、王権というものはあらゆる側面においていつでも演劇化されうる装置によって成り立っている。そういう天皇制のもつ演劇性とは、つとに宇宙論的なものであり、それはとりもなおさず人間のもつ両義性である。文化のもつ両義性といったほうが良いかもしれない。つまり、人間そのものというよりも、歴史、文化、風土に根ざした国民が共通に持つさまざまな両義性が、個人としては・・・・、天皇および皇室に現われている。すなわち、天皇および皇室に現われる文化の両義性は、中村雄二郎いうところの「共通感覚」を生み出す。その「共通感覚」とは、もっとも良い面ともっとも悪い面を含んだまさに宇宙論的なものでなければならないであろう。

中学生の校内暴力は発生期の暴力であり、ある意味で健康な状態における暴力である。しかし、それは非中心性に向かっている暴力であることはいうまでもないことであり、それを如何にして祝祭的な次元に置き換えることができるのか・・・ということが大事である。文化のもつ両義性が矮小化されてはならないし、そのためには天皇制のもつ演劇性が重要である。天皇制のもつ演劇性それはとりもなおさず源氏物語のもつ演劇性である。その中心的な哲学は「両義性の論理」である。善と悪、天国と地獄、秩序と混沌がともに語られ、「両義性の論理」がしっかりと認識されなければならないのではないか。源氏物語の劇的空間に期待するところ誠に大である。

 

 「両義性の論理」にもとづいて劇的空間を創作する場合、むつかしいのは贖罪の生活をどのように表現するかということだ。上の校内暴力を例に取れば、どのような「祝祭的な次元」のものを考えるかということである。悪から善へ、地獄から天国へ、混沌から秩序へ「ひっくり返す」のにどのような「祝祭的な次元」のものを考えるかということだ。源氏物語では、おそらく紫式部の最大の関心がそこにあったからであろう、贖罪の生活について、「祝祭的な次元」のそれは、出家という形である。八の宮のように、俗生活のまま贖罪の生活をくることはなかなかむつかしい。俗生活では俗なことがらが折りにふれ入ってきて、生活が乱される。八の宮の場合もそうであり、娘二人をあのように不幸に陥れたのでは決して望ましい生き方を生きたということにはならないだろう。俗生活は俗生活なのだ。やはり贖罪的な生活を送ろうとすれば出家がいい。いや出家しかないのではないか。紫式部はそう考えたにちがいない。

 

 

Iwai-Kuniomi