神(ゴッド)はすごい。アメリカでは・・・ということだが、まさかの時には神(ゴッド)が私たちのおおよそ考えられない力を発揮する。まず、ブッシュ大統領の就任演説をみてもらいたい。
ブッシュは、
『 独立宣言に署名した後、バージニアの政治家だったジョン・ページはトーマス・ジェファーソンにこ う書いてよこしました。「われわれは競争が足の速い人のためのものではないし、戦いが強者のためのものでもないことも知っています。天使が旋風にのり、このあ らしをおこしてるとは思いませんか?」ジェファーソン大統領の就任から長い月日がすぎました。多くの月日といろいろな変化が重なりましたが、今日の日の テーマがわれわれの国の壮大な勇気の物語であり、威厳のあるシンプルな夢であることをジェファーソンは分かっていることでしょう。
われわれはこの物語の作者ではありません。作者は神であり、無限の時をその 目的を達成するために使っています。しかし神の目的を達成するのはわれわれの義務です。われわれの義務は、お互いへの奉仕によって果たされます。疲れることなく、 投げ出すことなく、止めることなく、われわれの国をより公正でより寛大なものにするため、われわれのありとあらゆる生命の尊厳を肯定するために、われわれ はその目的を今日新たにします。この仕事には終わりがありません。この物語は続いて行きます。そして天使はまだ旋風にのり、このあらしをおこしてい るのです。
あなたがたに神の恩寵がありますように、そしてアメリカにも神の恩寵がありますように。 』
・・・・と述べ、神(ゴッド)の名において正義を行なおうとしている。
だとすれば、将来はともかく、当面、世界は神(ゴッド)のおぼしめしによって動いていくことになる。どうもおかしい。世界がブッシュのいう神 (ゴッド)に大きく影響されるなんてどうもおかしい。そもそも神(ゴッド)とは何か。西洋世界でいうところの神(ゴッド)とは一体何なのか。私たちが頭に 描く神々とはどこがどう違うのか。そのことを十分理解しないと、私たちは、これからの世界の地平を切り開いていくことはできない。平和な世界を築いていく ことなど到底できないのだ。私たちは、今、違いを認める文化を世界に広めなければならない。「環太平洋の環」の人たちと手を携えて、それぞれの民族の神々 の復権を図らなければならない。スピリットのイキイキとしたその躍動を押さえ込んではならない。スピリットである。スピリットがすべての鍵を握っている。 私たちのこれからの、ライフスタイルやサステイナブルコミュニティーを考えるときもそうだし、教育や財政のあり方を考えるときもそうである。憲法改正もス ピリットに対する深い理解なくしてまともなものにならないだろう。
いつものように、中沢新一の言っているのを聞いてもらいたい。以下は、「神の発明」(中沢新一、2003年6月、講談社)からの抜粋である。
『 西洋世界では、神(ゴッド)はこの世界に意味をもたらすと言われています。・・・(中略)・・・ですから、その神が一瞬たりともいなくなって しまえば、世界に意味づけをすることも、その中で生きている者同士がたがいにコミュニケーションをおこなうことも不可能になってしまうでしょう。
西洋世界で宗教というものがまだ大きな影響力をふるっていた頃には、そういう考えは一般的なものでしたが、近代になって「神は死んだ」などとお おっぴらに言われるようになってからは、人生に意味づけしたり、この世界はなぜあるのかといった問いを考えるために、もはや「神」や「救世主」などの考え に、容易にすがることができなくなってしまいました。そのため人生そのものが、やってくるのかどうかわからない「ゴドー(Goodot)」という人を待っ ている、きわめて不確かなものに変貌してしまっているっことを、認めなくてはならなくなっています。じつは近代の意識というものは、この神(ゴッド)の存 在の不確かさの感覚から発生しているのです。
しかしそういう時代になっても、大きな戦争がはじまったりすると、大統領の口からはさかんにゴッド(God)という言葉が発せられて、ゴッドの正 義の名のもとにおこなわれる戦争の遂行が国民に呼びかけられ、たくさんの人々がそのことばに真剣に聞き入っている光景を見かけることになります。私たちの 多くがこの光景に違和感をもつのは、「神」というものが絶対的な正義と結びついたりする発想法に、なじめないからです。
明治時代になってから、日本人はこの「神」ということばでユダヤ教やキリスト教やイスラム教のようないわゆる一神教の神(ゴッド)のことをも表現 するようになりましたが、この日本語の言葉の深層には別の本質と意味内容をもった神(いや神々といったほうがいいでしょう)が、まだまだ旺盛な生命力を もって生きていて、一神教の神のあり方に、いまだにブーイングを鳴らし続けているからです。 』
ブッシュのやり方などを見ていると確かに一神教は強引だなあと思う。まさかの時には神(ゴッド)が私たちのおおよそ考えられない力を発揮する。 しかし、私たちは、どうもそのような強引な神(ゴッド)にはなじめない。世界が・・・・ブッシュのいう神(ゴッド)に大きく影響されるなんてどうもおかし い。そう考えざるをえないのである。
そもそも神(ゴッド)とは何か。西洋世界でいうところの神(ゴッド)とは一体何なのか。私たちが頭に描く神々とはどこがどう違うのか。そのことを 十分理解しないと、私たちは、これからの世界の地平を切り開いていくことはできない。平和な世界を築いていくことなど到底できないのだ。
私たちは、今、違いを認める文化を世界に広めなければならない。「環太平洋の環」の人たちと手を携えて、それぞれの民族の神々の復権を図らなけれ ばならない。今私は、徳一を求めて「いわき」から会津に旅をつづけようとしているのだが、それは・・・東北における古代の神々を訪ねる旅でもある。タマを 訪ねる旅である。わが国の神々は神(ゴッド)ではない。タマである。スピリットである。妖怪で ある。スピリットに想いを致そう!これからもスピリットのイキイキとしたその躍動を押さえ込んではならない。大事なのはスピリットである。平和の原理はス ピリットである。スピリットがすべての鍵を握っている。私たちのこれからの、ライフスタイルやサステイナブルコミュニティーを考えるときもそうだし、教育 や財政のあり方を考えるときもそうである。憲法改正もスピリットに対する深い理解なくしてまともなものにならないだろう。
それでは、中沢新一の著書・「神の発明」(2003年6月、講談社)にしたがって、スピリットの勉強をしていくとしよう。
私は、「劇場国家にっぽん」を提唱しているが、これは「伝統・文化国家にっぽん」といっても同じことだし、さらに言えば、「スピリット国家にっぽ ん」というか「神々の国にっぽん」ということでもある。中沢新一によれば、それはとりもなおさず「NPO国家」のことでもある。これからの勉強でそのこと が明らかになるであろう。「NPO国家にっぽん」・・・、それは・・・哲学的に言って、「劇場国家にっぽん」の別の姿でもある。中沢新一流に言えば、大事 なのは「モノとの同盟」で あり・・・、「贈与」ないし「ボランタリー」である。そしてまた、延原時行流に言って大事なのは「宇宙との響きあい」で ある。
さあ、それでは中沢新一の著書
「神の発明」(2003年6月、講談社)にしたがって、
スピリットの勉強の始まり始まり!