LETS PFI! Project (マレニーのコープ)

 

 

 みなさん こんにちは。

オーストラリアのマレニーという町をご存知でしょうか。800人程度の死んだような町が25年ほどで15000人の町に生き返っています。住み着いたたった一人の女性から始まったわけですが、彼女の話を直に聞く機会がありました。

 

 協力社会の模範みたいな町です。私は、外側は競争社会の現状でも、内側に協力社会がなければいけない、いう持論をもつものですが、聞いたとき、その模範がここにあったと有頂天になるほど嬉しかった。(拙著には、粘弾性社会と変な呼び方をしていますが…) 

 特に地域通貨がよく機能しています。資本主義でもない、共産主義でもない、もう一つの可能性。それを実践してみせています。日本のいわば過疎地域の再生、自己中心的な社会の変革の可能性を示しています。 

 皆様がご存知でしたら、釈迦に説法で、説明を申し上げるまでもありません。僅かなかたが、もっと知りたいとお考えでしたら、資料もありますので、小生までどうぞ。 

 もし多くの方からですと、その節は、このメーリングリストでぼちぼち紹介することにしたいと思います。PFIと直接関係ないかもしれませんが、どこかでリンクするような気がして書いてみました。04.3.24

 

 

針貝さん今日は。やまなかです。 

 全く存じませんでした。

 是非メーリングリストでご紹介いただけませんか。ご多忙とは存じますが。私は地域通貨の機能はPFIに有効であると考えています。

 

 

皆様 こんにちは 

やまなかさんの言葉に甘えて、マレニーの開発についてご紹介を始めたいと思います。このシリーズを 

     LETS PFI! Project 

と呼ぶことにしましょう。

LETSとは地域通貨、Local Exchange Trading System  

ですから、 Let us try PFI! との掛詞です。

 シリーズを、マレニーの紹介とともに「PFIとのリンクの可能性」、また、「過疎地などの持続可能な生活形態の可能性」について探求する場として皆様のご意見やご議論、ご指導を賜り、その中からなんらかのサジェストが生まれれば素晴らしいと思います。 

 資本主義でもない、共産主義でもない、もう一つの可能性とともに、各地の過疎地域の再生、自己中心的な社会の変革の可能性を探ることにもなれば素晴らしいと思います。 

 今回を、シリーズ1 として連番でお話しましょう。LPPS1 です。中身は、彼女から聞いた話と、手元の参考書からの引用です。今日はイントロまでです。(04.3.26)

 

 

LETS PFI! Project S2 

 それは一人の女性から始まりました。ブリスベンの大学で心理学を教えていたジル・ジョーダンは、1960年台の終わり、多くの若者とおなじように、環境問題やベトナム戦争などへの厭戦気分から新しい生き方を求めてその地、マレニーにやってきます。何人かの仲間とともに土地を買い、牛小屋を建てて、自給自足的な生活が始まります。

 当時の町の人口は800人。多くは、天然の樹木を伐採・販売して生計を立てる人びとだったようです。しかし、収奪するだけで植林して育てることもせず、次は、草原となった荒地に酪農を始めたのですが、それもうまくいった様子はありませんでした。

 保守的な人びとばかりで死んだような町だった、と彼女は述懐しています。

 町の人びとは彼女らを、当時はやりのヒッピーの一種に見ていたようです。鉄分だけがやたらと多い、荒地。彼女らは、卵を産むニワトリを飼い始めます。小屋は、蒙古民族のパオのような円形・移動式のもので、フンで一杯になったころ隣に引っ越しますと、小屋の跡は栄養たっぷりの土の変身するのです。

 そこに植えると立派なオーガニック野菜や果物ができます。パオの後が立派な花壇のように繁っていくのです。ニワトリ小屋が移動を繰り返すたびに、土地はそうして改良されていきました。詳しくは聞いておりませんが、電気もないし、水道もない、水は雨水を貯めて、上の家から順々に、下の家に、土を経由することで浄化しながら流下させているようでした。

 おそらくヒトの排泄物も一切は捨てられることなく土に帰り、植物となり、人びとの食となっているのでしょう。そこで、では、ニワトリの餌、人の小麦粉や米などはどうかといえば、それは外から仕入れたのでしょう。とすると、排泄物の多くは外から持ち込まれた有機質です。つまり、土がひとりでに肥えたわけではなく、外から持ち込まれ、人体やニワトリを経た有機質によって、そうなっていった、と推測します。

 そこで、オーガニック野菜はあまるようになり、ガレージセールのような販売を始めました。地元住民は、初めはいかがわしい目で見ていたそうです。でも、ビニールやビンを再利用して環境に配慮している姿が理解されてきました。住民の一人が、私も売っていいか、と聞きます。売ってもかまいません、という次第で、地元の人びとも化学肥料で作った野菜などを持ち込むようになってきました。ただし、オーガニックと化学肥料野菜を、厳格に区別し、表示して売るようにしました。

 そうすると、売れるのはオーガニック野菜、果物です。そこで、地元住民も何がいいか理解が深まって、彼女らのやり方に賛同するものが増えてきました。これは素晴らしい経験だったと彼女は振り返ります。つまり、正しくないことを批判せずに正しいことをみせることによって、正しくなったということです。04.3.27

 

 

LETS PFI! Project S3

 CO-OPと銀行の立ち上げ

 オーガニック野菜、果物を売ったりする店が必要と考えた彼女らは、6人が共同出資して初めて小さな協同組合を作り、化粧品なども売り始めました。誰も商業の知恵も経験もなかったといいます。そこに元々の住民も訪れることになったのでしょう。そうして旧住民と新住民が仲間になっていきました。

 次第に、様々な人びとが住まうようになっていきますが、おそらく彼女らの生き方ややり方を人づてに聞いて共鳴する人びとが集まってきたのでしょう。

 実に多様な、国籍も年齢も職業も違う、アイデア豊富な人びと。しかしあまりお金がない人びとが多く、せっかくのアイデアも開きようがない。通常の銀行では貸してくれません。そこで、クレジットユニオンという地域銀行を、町の賛同者の出資で立ち上げます。原則は、融資対象は、地域に密着した、マレニーの中でお金出し入れが完了すること。お金が全くない人でも必ず借ることができること。誰でも銀行に投資して自分のお金を回せること、などでした。

 土地の購入資金に当てたり、ビジネスを興したり、町に230種の雇用を作り出したといいます。環境を考慮した家や通常より少ない燃料を消費し、公害を出しにくい車を購入する場合は、低い利率で融資します。

 最初ボランティアだった職員にも給料を払えるようになり、コミュニティ内の組織・団体に、銀行の収益の一部を利用できる、助成制度も設けました。こうして達成した社会構築、コミュニティ形成、ビジネス興し、環境への取り組みなど、銀行の機能が、社会的に、また環境的にどのような効果を上げて地域に貢献しているか、それを定期的にレポートしたといいます。これはおそらく、地域のみならず、広くオーストラリア、中央政府などの目にも留まったことでしょう。マレニーとのいい関係が構築されているからです。

 しかし、多大の貢献をした地域銀行でも問題がないわけではなかったようです。裕福な人はますます裕福になり、逆もあったからです。04.3.28

 

 

皆様 おはようございます。今日は第4回目です。レッツをご紹介します。 

 LETS PFI! Project S4 

 LETSとは地域通貨、Local Exchange Trading System  

 クレジットユニオンという地域銀行から借りたお金で、地域の人びとが必要とする、環境や福祉、芸術などの新しい組合CO-OPが立ち上がりました。お金は地域の人びとに還元され、モノやサービスが動き始め、地域の活性化につながっていきました。

 しかし、出資した人には利子を払うことで成り立つ限り、動機はどうであれ、一種の投資と同じ機能を持つのでしょう。先に述べたように、富めるものはさらに富むということにもなったようです。

 そういったおり、彼女はカナダにてLETSに出会います。 

 1987年、早速実践してみました。その手法は(少し私の推測もありますが)次のとおりです。

@ 地域の人びと(A、B、C、D…Gさん)のサービス可能な事項をリストアップする。

A 住民が何を求めているか、リストアップする。

B 売買をして、決済を行う。

 

提供可能なサービス・モノ      各自の地域通貨保有額

A(肉体労働) 〇〇円/時間         〇〇〇〇円

B(語学)   **円/時間         ****円

C(生け花)  ##円/半日         ####円

D(自動車修理)

E(鶏 肉)   円/グラム

F(化粧品)

G(子  守)

 

 

購入したサービス・モノ      各自の地域通貨支払い額

A(生け花) 〇〇円/時間          ****円

B(子守)  **円/時間          〇〇〇〇円

C(肉体労働)##円/半日          $$$$円

D(果 物)

E(野 菜)

F(鶏 肉)

G(自動車修理)

 

 メンバーは、口座をもらえます。そこに、上記のような、売る自分の能力と売った実績(+)、買った総量(−)が決済されていきます。利子はつきません。物々交換とちがうところは、バイラテラルではなくて、マルチラテラルの関係、Aは、Cに売り、BとDから購入する・・・、ですから、初老の男性は、芸事や知識を売り、若者がそれを買い、若者は、女性に労力を売る、などができます。

 

 手元のテキストから若干引用してみましょう。

 「マイケル・リントンがカナダで最初にこのアイデアを提唱しましたが、彼は地域内にお金がないからといって一概には貧しいとは言えないと語っています。これはただその冨が、地域内で鍵をかけられた閉鎖状態にあるのだと言っています。マイケルは、もしそこで、お金に代わる何かが、それも地域の人びと全てが自由に利用できる何かが存在すれば、そのお金の代わりになるもので実際に物資やサービスを交換することができるようになり、ずっと豊かな暮らしのセンスを取り戻せるのではないか、と提案しました。そして、これこそがレッツの仕組みなのです。お金を所有することなく、地域内のみで通用する貨幣単位で人びとが自由に物資、サービスを売買できるのです。(中略)

 低所得層の人びとに、彼らのモノやサービスを売買する機会を与え、それは彼らがそれぞれ望む暮らしを手に入れる大きな手助けをしました。地域通貨は経済的な恩恵を生むツールとしてだけでなく、社会的な恩恵をも生む、素晴らしいツールでした。

 街には多くの失業者がいました。それは、彼らを雇うお金がなかったからです。仕事は沢山あるのに、お金がないのです。そこでこのようなシステムで仕事ができるようになったすべての人は、コミュニティの中で、価値ある、役にたっている存在であるということを感じます。」 

 「豊かさとは、ものやサービスが必要に応じて動くこと」であって、銀行にある貯蓄量ではない。「お金とは、ものやサービスを計る単位にすぎず、蓄積が豊かさを表すのではなく、動く量が豊かさを示すのだ」という考え方にたっています。今日はここまで。ではごきげんよう。04.3.30

 

 

皆様 おはようございます。今日は第5回目です。 

LETS PFI! Project S5 

リサイクルコープとリード

 どの地域もゴミ処理問題は悩みです。多くの資源が無駄にされ、家具や車、電化製品など廃棄されることで政府も困っていたようです。1989年に立ち上げたリサイクルコープはそれを再利用するための組合。古い家具の運搬、修繕、販売業、電化製品、自転車やバイク、冷蔵庫の修理屋などが生まれて、雇用にも貢献したといいます。ゴミ処理は政府の仕事ですが、ゴミ捨て場の6割の土地が、リサイクルすることによって抑えられたといいます。これが政府をとても喜ばせたようです。これがモデルとなったのでしょう。その他の地域でもたくさんできたそうです。資源を大切にし、環境への負荷が軽減され、雇用が生まれる。まさに一石二鳥でなく、一石三鳥です。

 

 

 資料から、89年から97年までに立ち上がったコープのいくつかを紹介します。

@ 女性にビジネスに必要な技能を得る援助をし、彼女らが自立できるようにする「マウンティン・フェア女性啓発コープ」

A 農家の人びとや新移住者に、荒廃した土地を再緑化する手助けをする「バランク・ランドケア」(土壌、水質、水源管理コープ)

B 芸術家たちのコープ「ピース・オブ・グリーン」は、もともと3人のアーティストからスタートした店。今では28人に増えて、地元の大変質の高い芸術品、工芸品を販売しています。

C アップ・フロント・カフェは、酒も飲め、安く食事ができ、プロ、アマを問わずパフォーマーに披露の機会を与えています。高校生たちの接遇のトレーニングの場でもあるそうです。

 

 もう一つがリードです。

 ミニ・ビジネスを立ち上げるに当たり、援助やアドバイスを与え、資金を融資するコープです。LEED (Local Economic and Enterprise Development)

 地元で地域経済フォーラムを開催して、マレニーの発展のために何が必要か、聞いた際、人びとがそれを望んでいることが分かり、始めたことといいます。融資は、クレジットユニオンが行います。通常、ミニ・ビジネスは1〜3年の間につぶれてしまう例が多いそうですが、小規模経営を始めた人びとのリスクを大幅に減らすことができたといいます。ここでも多くの雇用の機会を生み出しています。

 そういったことから町全体が大変活気付いてきたといいます。 

 これまでの足取りを復習しておきますと、戦争や環境問題から新しい生き方を求めた僅かな人びとが、荒地にやってきた。鶏小屋を移動させながら、土地を肥沃なものに変えていった。有機野菜を売る、そのために組合を立ち上げた。地域銀行を作り、やがてレッツの制度を導入します。レッツは、今、マレニーでは【Local Energy Transfer System】と呼ぶそうです。

 そして今日の話になりました。それでは次回までごきげんよう。(04.4.1)

 

 

皆様 おはようございます。新しい年度になり皆様ご繁忙の1日だったと思います。新しい風が吹いて参りますように! 今日は第6回目です。 

LETS PFI! Project S6 

 この800人に過ぎなかった寒村が今や1万5千人の町になった、その形成過程はご紹介したとおりです。では、その形にどうやって魂が入り込んで本物になったか、という点が最も大切なことに思えます。

 ジルは語っています。

 「なぜ我々が自給可能な暮らしに深く興味を覚えたかという話をしたいと思います。近年の政府は、市民の暮らしに必要な事項を供給することがあたかも困難なように見受けられます。政府は、最低限必要なことしか供給できず、それでさえも通常は一番貧しい人びとへのみです。

 コミュニティでの暮らしや活動を通して、我々は地域内にいかに多くの才能や技能を持った人びとが存在するかに気づきました。そして、我々自身で暮らしに必要なほとんどすべてを供給できることにも気づきました。また、それが地域内の物資やサービスを増やすことにも気づきました。同時に、この挑戦をこれまでと違ったとてもクリエィティブな方法で成し遂げられることにも気づきました。

 もうひとつ気づいたのが、地域内の人びとは互いの存在には頼っていますが、他の「地域を越えた世界」の人びとには頼っていないということでした。この世界的に不安な現在、我々はこれらの性質がいかに重要であるかを感じます。

 

 20年以上持続可能なコミュニティとして模索を続けてきた今、我々は互いの信用と、緊急時や困難なときにも敏速に対応できるようなパートナーシップを地域内で確立しました。そして、コミュニティの持続可能性が発展し続けた最後の理由は、それがなによりも大変歓びに溢れることだった、ということです。」

 

 失業者が溢れていた。なすべき仕事は一杯あるのに、お金がないから雇用もできず、仕事もされぬまま放置されていた。そこに地域通貨という交換手段が登場してモノとサービスが動き出しました。けれども、そのような形だけを提示してもうまくいくでしょうか。私は、最終的には、「人」に帰すると思っています。彼女らが「大変歓びに溢れることだった」というように、魂の琴線にふれ、魂が歓ぶ、そこには人びとの間に信頼とか慈愛とかがなければ成り立たない、そのような奥深い「人」からの出発があったからだと思うのです。

今日は、ここまでにさせてください。それでは次回までごきげんよう。04.4.1

 

 

皆様 おはようございます。今日は第7回目です。 

LETS PFI! Project S7 

 私の紹介すべき中身は終了に近づいております。これから後、この社会構築へのゴールデンルールをご紹介すれば終わります。ただ冒頭に述べましたように、これに出会って小躍りしたいほど嬉しかった自分! マレニーの成功が示唆する、日本への適用の可能性についてもっと考察してみたいと思います。以下、独断と偏見ですので、早く結論を! という声が聞こえたりするのですが…。書くことをお許しください。まずは拙著より…。

 

* 競争・協力社会の提唱

 −悲しみの老婆−

 路頭でトマトを売っている老婆がいました。値段は手頃で一個一〇円。評判もよく、みな職場からの帰りには買っていきました。ある日、車に乗った男がトマトを一杯乗せてやってきました。彼は、七円で売ってもよかったのですが、老婆のことを思ってそこを去りました。貧しい家庭に生まれた彼は、幼い日、母親が同じように育ててくれたことを、一緒になってトマトをもいだことを思い出したからでした。次にやってきた男は、これは売れるぞ、と大きな屋台を張ってトマトを売り始めました。仕入れは資本をかけた大規模農場からなので、単価はぐっと安くなり、八円で売り始めたのです。老婆は畑の具合や生活のことを考えると、どうしても一〇円より安くはできませんでした。消費者は老婆のトマトには見向きもせず、老婆は悲しみのうちに立ち去りました。

 お米は、アメリカの大規模農法をもってすれば圧倒的に安くできます。祖先の血と汗の日本の棚田は価格で太刀打ちできる米は作れません。競争を挑むか立ち去るか。弱肉強食、自由競争の原理に立つか、慈愛の原理に立つかで結論はまるで異なります。

 いつ丸裸になるとも知れぬお金万能の競争社会では、軌を外すと奈落の底。勝たねばならないために、敗者たる多くの悲しみの老婆を生み出し、かえって全体の不幸を助長しているようです。経済至上主義文明は、弱肉強食社会、例外なき競争社会を創ってきました。その人為的環境のもとで最も強烈な作用を受けたのが、その文脈のもとに生まれた「ポスト地域共同体的社会」に生きねばならない無垢な子どもたちでした。

 

 −競争・協力社会−

 比喩的表現ですが、社会形態として競争社会、競争・協力社会、協力社会の三つの構造的なタイプが想定されるのではないでしょうか。

 

 競争社会では、社会のミクロな構成員たる個人に至るまで、完全な自由競争に基づく市場経済にさらされます。

 そこでは商品化可能なあらゆるモノとサービスが準備され、お金があれば交換可能です。消費者としてはお金がなければ話にならないので、生まれて間もなくすると、お金獲得競争に勝つための武装に邁進することになります。まず塾通いの勉強であり、優位な才能を開花させるためのお稽古事。ヒトは、精神的な価値でなく労働的価値から金銭評価され、競争の道具と化してしまいます。お金のために、主婦は本来の家事を放棄してでも働く時間を工面します。そうすると、家庭における必要も、商品対象となるものは可能な限り商品化され、本来地域共同体の中で調達していたモノやサービスが、市場商品に置きかわります。祖母たちが話してくれた昔話も、一家団らんもテレビが代行し、介護制度にさえも競争原理が侵入します。子どもの教育費がソロバンではじかれ、収入との関係で子どもを生むかどうかが判定されます。

 すべてお金を媒体とする市場が介入します。市場の商品化能力が高いほど、個人の周りは手作りのモノがなくなり購入品で埋まってしまいます。弁当はコンビニ調達。野原で捕まえていた昆虫もデパート調達。言ってみれば、市場経済という外力が、お金という媒体を通して瞬時に社会構成体のすみずみに伝達される社会です。そうして個人は裸となりアトム化してしまいます。

 

 協力社会は、市場経済から切り離きれた共同体の社会で、外力が構成体内部にバネのような直接の歪みをもたらしません。市場が出現していない原始共産体制がそうです。今や一般には存しませんが、先ほどまで家庭がそうであり、近隣社会がある程度そうでした。そこでは、弱い者も強い者も等しくモノやサービスを享受します。多少なりとも自給自足の部分があって、手作り、ゆずりあい、思いやりの社会です。貨幣はあっても、それが生活支配の絶対者ではありません。ヒナは親鳥のつばさの庇護のもと、すくすく育ちます。その社会は協力の原理で成り立っています。協力は、制度的な規制、共同体のモラル、関係者のスクラムによって働き、外力はそれらの価値尺度のもとに選別され、内部への無条件の侵入を許しません。すなわち、市場戦争からも親鳥のつばさが完全にひなを庇護できる社会です。

 

 一八八九(明治二二)年来日した英国公使夫人メアリーフレイザーは翌年、鎌倉海岸で観察した様を次のように述べています。

 「子どもばかりでなく、漁に出る男のいないあわれな後家も、息子をなくした老人たちも、漁師のまわりに集まり、彼らがくれるものを小さな鉢や籠を差し出すのです。そして食用にふさわしくとも市場に出すほど良くない魚はすべて、この人たちの手に渡るのです。(中略)物乞いの人に対してけっしてひどい言葉が言われないことは、見ていて気持ちの良いものです。そして物乞いたちも、砂丘の灰色の雑草のごとく貧しいとはいえ、絶望や汚穢や不幸の様相はないのです。施し物の多少にかかわらず、感謝の言葉があっさり、しかもきちんと言われます。そしてたとえ施し物がなくとも、けっして不平を言ったり嘆いたりはしないのです。」(「英国公使婦人の見た明治日本」淡交社一八一ページ)獲物を分かち与えるシステムは、縄文時代の狩りの仕組みと同じです。その社会に、貧乏人は存在しても、貧困なるものは存在していなかったのです。

 

 競争・協力社会は、市場原理が貫徹する社会と、それから切り離され、協力原理が機能する社会の二重構造をしています。後者は、市場経済の恩恵を、地域共同体として必要な限りにおいて受け入れます。共同体があたかも一つの生き物のように主体的な価値観をもって不要なものを排除します。互助の精神にたって弱き者を養いはぐくみ、里山を利用・管理し、野良作業も、道普請もする共同体です。たしかに拘束的社会ですが、構成員はリンケージされるがゆえにアトム化せず、競争社会にない安心と安全を感じる社会、テレクラも〈出会い系〉も受信したくなければ排除できる社会です。

 かつての地域共同体は、家庭という協力社会から外に向かって次第に競争社会に連なる競争・協力社会を実現していました。内になるほど、お金によらないでモノやサービスを得ることができ、余分な情報や商品はカットされました。無償の愛とか言わずとも、打算的でもかまいません。幼児など弱い者は、いずれ強くなって帰ってきます。お年寄りはかつて共同体社会に尽くしてくれた人びとです。だから今強い者が助ける番。弱さと強さは巡りあいます。そういった心情はわが国には満ち満ちていたものです。

 

 その社会に生きる子どもたちは、家庭→近隣社会→学校→身近な自然へと、同心円的な意識の深まりが可能でした。環境経験と言語コミュニケーションをとおして、彼の内なる価値が育ちます。日本復興の原動力となった「揺るぎないモラル」はそうして育った一つでした。

 けれども、協力原理のシステムは既に失われ、成り行きにまかせては再構築できません。國の立場で考える場合、政治システムと経済システム、社会システムの三者の関係の調整が必要で、その架け橋役が、財政租税システム(「神野直彦」システム改革の政治経済学岩波書店)ということになるようなのですが、マレニーのアプローチはまるで違いました。ボトムからトップを動かすのです。

わが国でも、多くのNPO的な活動に見られるように、その心は雑草のように根強く生きています。それらの自発的な活動の輪を広げるところから始めるのが現実的ではないでしょうか。肝要なことは…、結いの心を取りもどすことではないでしょうか。(拙著「魂からの出発」より一部修正)

 

 以上は、今日の子どもを取り巻く環境を憂えて述べた文章ですが、どのようにして協力社会を実現するか、となると、全く分からず、ただ、上述のように抽象的に述べるしかありませんでした。そこに飛び込んできた実例が、私にとって、マレニーであったというわけです。

 

 今、書きながらしきりと頭をめぐっていますことは、過疎地域において、そのような思いのある人びとが集まれば、第2、第3のマレニーが可能ではないだろうか、それは国土の均衡ある活用、落ちこぼれたかのごとき人びとの復活、子どもたちの本当に必要な環境の創造、新しいライフスタイルの創造、といった可能性を示唆するものです。大都会の喧騒とホームレスの方々、競争社会の矛盾から少しは静かな落ち着いた日本が帰ってくる手がかりにもなりはしないか…? その実践をどこかでやってみたい、そんなことです。今回は自説を述べて恐縮しておりますが、ご寛恕のほどを。

 もう1,2回、道草をして最終にします。(04.4.2)

 

 

皆様 おはようございます。今日は第8回目です。 

LETS PFI! Project S8 

 今回も道草をすることをお許しください。

 ここでは、インドネシアの「プカランガン」を皆様に(ご承知かもしれませんが)紹介しておきたいと思います。

 

 『プカランガンというのはインドネシア語で、「家屋のまわりを囲む樹木」という意味だそうである。西ジャワの水田地域に、地域によっては50パーセントもこのプカランガンをもつ集落があるということである。渡辺弘之氏の「東南アジアの森林と暮らし」(人文書院)によれば、典型的なプカランガンは、家屋のまわりに用材薪炭のための高木、その下に果樹・野菜・穀類などの作物、薬用植物、園芸植物などを植え、ヤギの小屋がありニワトリが放し飼いにされている。中央に5メートル四方くらいの池が掘られ、ここにコイなどを飼っている。この池の一端には張り出しがつくってあり、タケで編んだ壁で囲ってトイレとしている。一軒がもつプカランガンの面積は、100から200平方メートルという。それほど広くないこの土地は、極めて集約的に利用されており、一軒当たり50種くらいの植物が植えられているという。プカランガンは、高木を含む樹林で、いわば「樹木庭園」というべきもの、極端にいえば、住民は米以外のすべてのものをここで自給自足している。』(岸本 潤「広葉樹と日本人」牧野出版)

 

 ジャカルタの高層ホテルからも、点々とするオレンジ色の屋根と緑があい半ばしているのをごらんになった方も多いでしょう。庭で、マンゴーなどが手にとって食べられ、家の中ではツタが涼しげな雰囲気を醸しだしています。緑好きな民族のようです。

 

 1975年ごろ、インドネシアは、国民一人当たりGNPが100ドルにも満たない後発開発途上国(LLDC:Least Less Developed Country)でした。けれども、実はそうやって統計に乗らない部分で、豊かとはいえないにしても生活の大きな部分を満たしていたわけです。このような自給自足の部分がないと、生活の深みは生まれないのではないでしょうか。

 

Y=aX+B で、B>0   Yは豊かさ  Xは外からの貨幣収入

 

 かつて日本にも似た部分がありました。家の周りに庭があり、梅、桃、茶、グミ、夏ミカン、柿、栗などが、子どもたちの空腹を満たし、食卓を賑わせてくれたものです。梅干しの土用干しでは、シソにまぶした梅の実をザルにいれて茶畑の上で干したのが、風もさわやかな初夏らしい風物でした。山では、ヤマイモを掘ったりムベを採ったり、川ではサワガニを採ったり魚を釣って焼いて食べたものです。空腹を満たすためでもありましたがそれ以上に楽しかった。現金収入がなくても、生活の糧とゆとりを与えていました。

 

 資本主義経済では、高く売れるように自らを生産システムの優秀な部品として磨き上げねばなりません。企業は人を歯車のように極端な分業体制に向かわせます。そうして、都会はもちろん、田舎でも自給自足的な部分がほとんどなくなってしまいました。この体制ではリストラが始まって部品の評価が失われると、システムから外されてしまうことになります。そうなると、国全体はこれほど豊かになったのに、個人としては見入りゼロ(B=0だから)になって極端な話、ホームレスとなってしまいます。

 

 中世時代、日本のふところは深く、山野河海は「公私その利を共にす」という「無主」のもので、だれもが自由に獲物を採り、浩然の気を養うことができたといいます。森があればかけ込んで命だけは永らえたのです。今の山野河海は、立ち入るべからずの思想で、ほうり出された人の行き場がありません。たしか中国地域の川と思いますが、ハヤ(オイカワ)にさえ漁業権を設定したと聞きました。こうして子どもをも(最高の教育空間たる)川から遠ざけてしまうのです。

 

 ジルの講話を聞く前に、ビデオで、マレニーの家々を紹介してくれましたが、マンゴーやバナナらしい果物がたわわに実って緑色の繁みに覆われていました。そのこととプカランガンのイメージが重なるのです。マレニーでは、各自のプカランガンの果実、野菜が溢れて市場に出される、そうも考えられましょう。

競争とか拝金物狂徒の価値観を変えればきっと何かが変わってくる、そんな予感がします。

 

 

皆様 おはようございます。今日は第9回目です。 

LETS PFI! Project S9 

 道草してすみませんでした。それらは後ほど討議の際、有効かも知れません。

 成功へのゴールデンルールをお話します。

1.小さくスタートせよ

2.その地域で必要な範囲を見極めよ

3.立ち上げるとき、地域に遂行するに足るエネルギーがあるかを確認せよ

4.多様な人びとを結集せよ

5.失敗を含む経験者やモデルを探せ

6.地域に役立っているという自覚、自信を持てるよう

メンバーを応援し、認知し、鼓舞せよ

7.組織への貢献を感謝せよ

8.ともに働き、学ぶよう、競争ではなく、協力し合うことを

9.楽しんで、喜びを感じながら進みなさい

 

 ここで紹介を一旦きりましょう。ご質問、発展的なご発言をお願いいたします。冒頭お願いしましたように、【「PFIとのリンクの可能性」、また、「過疎地などの持続可能な生活形態の可能性」について探求する場として皆様のご意見やご議論、ご指導を賜り、その中からなんらかのサジェストが生まれれば素晴らしい】と思っております。04.4.3

 

 

皆様 おはようございます。終わったはずのシリーズに追加をお許しください。10回目!!!  

LETS PFI! Project S10 

質疑応答から

レッツに関して

@ 何かをレッツの通貨で買った場合、口座から引かれていきますが、売った場合と同様、一切利子はつきません。これは地域通貨を貯めるということになんの動機も興奮もないことを意味します。地域通貨を沢山稼いで貯めようとはしません。なぜなら、貯めても利子も何もつかないからです。

A あなたは、機械技術者であるわたしに車の修理を頼むとします。その際、車のあるパーツが必要で、それを売る人がレッツのメンバーでなかったとすると、あなたは、それを普通の「円」(ハードカレンシー)で買い、修理の手間賃をわたしに、地域通貨で払うことになります。

 

 針貝の言う、競争社会と協力社会(外の社会と内側の社会)の出入りの関係がここに成り立っています。地域通貨での取引の最も大きなものでは自動車もあったそうです。

B 地域通貨を、普通の紙幣のようなチケット制としますと、レッツが機能するその仕組みに制限を生んでしまいます。なぜなら、レッツというシステムの強みは、売買をするとき、その両者の間だけで、その時点のみに、トレードするモノやサービスの価値(すなわち値段)が作り出されるということです。

 政府は、貨幣を多く持つこと、またその貨幣が流通することを勧めているわけですが、そのようなチケットであれば、一人の人が全てを買い上げて回収し、他の人に渡らないようにすることも可能です。

 レッツシステムの場合、メンバーの売買の状況をチケットなしに記録するというのが一番よい方法なのです。

C スコットランドでは政府がこれを奨励しているということです。(LETSを、Local Exchange Trading System と呼ぶとき、それはより表面的で、マレニーでいう【Local Energy Transfer System】は、より本質を突いた言葉に思えます。地域の生態に沿ったモノやサービスの移動、それは自然で生き物の基本的なビヘイビアに矛盾しないからでしょう。対極としての挙動としては、アジア経済を一瞬にしてひっくり返した、資本主義の極限としてのジョージ・ソロスのような投機を思い出しますね。T.H)

 

マレニー的手法について(以下T.H)

D 神野直彦先生によりますと、政治システムと経済システム、社会システムの三者の関係の調整が必要で、その架け橋役が、財政租税システムということです。財務省担当の、頂上からの作戦に思えますが、マレニーが異なるのは、ボトムアップを貫いているということのようです。

 普通は、政府が提案して実施を下方展開します。これは、小さく始めるというゴールデンルールに反するというのです。議会にも下から上に上げてゆきました。

 

E 偶然、書棚にて開いた中沢新一の「愛と経済のロゴス」(講談社)の109ページに、次のようにありました。

 「古代ギリシャの賢王ミダスは、貨幣というものが発明されたことを知って、これを自ら手にして見ましたが、とたんに恐ろしい予感におそわれて、思わず手にした貨幣を取り落として、こう叫んだといわれます。「この貨幣というものは、大地を殺すであろう」ミダス王は貨幣そのものが大地への呪いである、と直観したのです。」

 中沢は言います。「金属の流動体に、王たちがスタンプを押すことによって、価値を表現し、保持するものに変わります。表現がリアルの上に覆いかぶさってしまうと、とたんに現実はみえなくなり、そのうちそんなものは存在しないと思われるようになります。貨幣は交換のプロセスから必然的に生まれてくるものですが、この貨幣によって富が表現され、計算され、保持されるようになると、純粋贈与という「リアル」は殺されてそのうち誰にもみえなくなってしまうという直観ですね。」純粋贈与=神からの贈与=自然界での流通=「正常な生態=自然」という説明ではいかがしょうか。

 

 公共事業は、やることはいくらでもあるのに政府が負担できるお金がないから滞っています。そこで、PFIは、銀行に眠ったままの民間資金を活用する起死回生の一打とも思えたのですが、今度は、どのような理由か分かりませんが、あまり動いていません。

 地域通貨とPFI…。これから、特に「滞り」の由来する深みを覗き込んでみたいです。一人相撲だったかもしれませんが、いずれ何かのお役に立てば嬉しいです。お目通しありがとうございました。04.4.5.am4:38

 

Iwai-Kuniomi