平安遷都を訪ねて

 

 

我が国の姿(かたち)は・・・???

もちろん、私には判らない。何となくぼんやりと判っているような気もしているが、本当 のところは多分判っていないのだろう。

しかし、旅をしながら考えていけば少しは判ってくるかも知れない。旅をしながら、歴史 というものが多少判ってくれば、この国のかたちというものももう少し判ってくるかも知れない。

 

そんな想いから少しづつ京都を紹介している。あまり有名ではないが、歴史的に大事なと ころを…。

旅に出て、全国各地で感じたままをできるだけ紹介していきたいと考えているが、やはり 京都が中心にならざるを得ない。京都は私の故郷だし、我が国文化の故郷であるからだ。

 

今年(1999年)のゴールデンウィークは、西瀬戸自動車道・しまなみハイウェイーの 開通式に出席したあと、親孝行がてら・・・京都で過ごした。

 

 

さて、なぜこれが東京都杉並区の出版社から出ているのか判らないが、杉並区の佼成出版 社から「北嶺のひと」という写真集が出版されている。比叡山の千日回峰行者・内海俊照さんの記録だ。以下の写真はそのひとこまだ!

 

 

 

 

それを見ていて知ったのだが、その千日回峰において、赤山禅院という修学院にある寺と いうか神社が大変重要なポジションを占めている。

 

 

 

 

比叡山・延暦寺というのは、ご承知のように、我が国仏教のいうなれば源流であり、真宗 も浄土真宗も、日蓮宗もすべてここから枝分かれして出ている。宗教を語るうえで極めて重要な存在だ。しかし、比叡山・延暦寺が歴史的に重要なのはそれだけ ではない。平安時代という時代を切り開いていく上で極めて重要な役割を果たしている。

 

さて、その比叡山・延暦寺であるが、…・・

 

比叡山・延暦寺、つまり天台密教のなかで、千日回峰という行はもっとも大事な・・・い うなれば「究極の行」である。それに赤山禅院という存在が欠かせないという……・。

 

 

 

「赤山で草履の履き替えですね。どんどん擦り切れます から、

大回り中には一日五足も履きつぶしました。

とにかく忙しいこと。

急がないと一日分八十四キロがあるけませんし、

ちょっと遅れても眠る時間がそれだけ少なくなる訳で す。」

 

 

 

 

 

「京都大回り中は、たいてい赤山で草履を履き替え、

午前十時に市中へと出発します。

皆さんその時間を知っているから、

大勢の人がお加持を、待っていてくださるのです。

これが行者には励みになり、

力以上の力がでてくる感じでした。」

 

 

 

さらに言えば、赤山禅院という・・・寺というか神社は、天皇の御在所・京都御所を守っ ており、・・・・いうなれば京都の表鬼門を守護するという・・・・これ又極めて重要な役割を担っているのだが、・・・・

 

 

 

この赤山禅院の神さま・・・・、それは・・・「赤山大明神」という・・・はるか遠くは中国で・・・新羅の人たちが祭っている神さまである。それが比叡山・延暦寺の 守護神として、・・・何故そこにいるのか???