願成就院(がんじょうじゅいん)

 

 

当時時政にもそういう意識があったと思うが、

私が思うに、・・・・

源義家の時代に鎌倉は板東武士の支配下に入り、

源頼朝の時代に東北が板東武士の支配下に入ったという

・・・・この歴史的意味合いは非常に大きい。

 

 古代、関東と東北は、物部氏によって制圧される。

しかし、中臣氏(藤原氏)の興隆とともに覇権が移り、以来、藤原氏の時代が続くのだが、

遂に、板東武士の時代が来たという・・・そういう歴史的意味合いである。

 

歴史の歯車が音をたてて回りはじめる!

北条時政の熱き思いが伝わってくるようだ。

 

これでわれわれ板東武士の時代がくる!

 ひょっとしたら北条の時代かもしれない!

 

私は、願成就院(がんじょうじゅいん)に来て、

願成就院(がんじょうじゅいん)が果たしたその歴史的重要性を思わざるを得ない。

 

 

願成就院(がんじょうじゅいん)は、

今は、このように簡素極まりないが、当時は、すばらしい寺であったようだ。

宇治の平等院のように、浄土信仰にもとずく極楽浄土をこの世にあらわした

・・・・・貴重な寺であったと言われている。

残念ながら、戦国時代における幾多の戦火で燃えてしまった。 

今は、時政の墓だけが・・・・.

南無阿弥陀仏! 

 

 


それでは、北条寺へ!

 

 

Iwai-Kuniomi