法用寺(ほうようじ)は、 正確には雷電山法用寺(らいでんざんほうようじ)という。会津でももっとも古い寺に属する天台宗の名刹(めいさつ)である。 雪国には珍しい三重の塔は、県指定の重要文化財となっており、ケヤキの一本彫りの金剛力士像(こんごうりきしぞう) ・ 観音堂厨子(ずし)や仏壇などは、国の重要文化財に指定されている。会津三十三観音巡りは29番の札所である。しかし、ほとんど知られていない。
JR東日本の関係するトランヴェールという旅の雑誌がある。とても素場らしい雑誌で私はいつも楽しみにしながら読んでいる。このトランヴェールが 昨年の秋に「静かなる仏都、晩秋の会津を行く」と題して特集を組んだ。しかし、この名刹(めいさつ)・雷電山法用寺(らいでんざんほうようじ)が出てこな い。ひと言も触れられていないのだ。これはどうしたことか。交通のアクセスが悪いということもあろう。しかし、これほどの名刹がまったく無視されるという ことはちょっと異常である。
私は、そのトランヴェールの特集に法用寺が出てこなかったのは、JRを中心に考えた時あまりにもアクセスが悪いと考えれたことによるものと思って いるが、問題は、それはそうだとして、そのアクセスが悪いかどうかの判断が異常であるということだ。いや、担当者を責めてはいけないのかも知れない。昨今 はそれが普通でもはや異常とは言えないのかも知れないからだ。しかし、旅の醍醐味は、宮本常一の「あるく、みる、きく」ではないけれど、歩くところにあ る。旅は歩かなければダメだ。自動車のスピードでは心打つものがほとんど見えてこないからだ。旅は、自然との響き合いである。歴史や伝統・文化との響き合 いである。地域の人びととの響き合いである。そういうものを求めるのであれば歩かなければダメだ。
会津でももっとも古い寺に属する天台宗の名刹(めいさつ)・雷電山法用寺(らいでんざんほうようじ)に行くには会津野ユースホステルに泊まって行 くのがもっとも良い。私は、結果的にそのことを知ったのだが、ゆっくり会津野ユースホステルに泊まって、私がやったように、朝散歩がてら寺崎の写真をとっ て、ゆっくり朝食をとって、そしてできるだけゆっくり出かけると良い。法用寺のある雀林という集落は隣の集落であり、すぐそこだ。年寄りでもお寺まで片道 20分ぐらいのところだろう。

問題は帰りの足だ。ちょうどいいバスがあればいいが、それがなければ、またユースホステルで休憩させてもらえばいい。ひと休みして、次の行程に移 ればいい。急ぐ人はタクシーを呼べばいい。ユースホステルにはタクシーが来てくれる。まあ、しかし・・・、旅はあるくことだ。できるだけゆっくりゆっくり 歩くことだ。ゆっくり。ゆっくり。


この法用寺という寺院は、本来「龍像権現」という神仏習合の神であったという案内である。あの日光山を開いた勝道上人がいちばん最初に法用寺を創 建したと言われている。最初の法用寺は雀林の西およそ2kmの道平であったが、大同2年(807)に法用寺や観音堂が火災で消失したので、徳一が現在地に 再建した。その頃は、多くの末寺と修験の飯豊山(いいでさん)を司掌(ししょう)し、恵日寺が隆盛になるまで、会津仏教史上、法用寺時代とも称されるほど 隆盛をきわめていたのである。

さあ、それではいよいよ今回のお目当て、
伊佐須美神社にお参りするとしようか。