いしば(衣装場)

 

 

この階段の手前をいしば(衣装場)という。

 

頼朝が日向薬師参詣のとき、ここで旅装を脱ぎ、

白装束に衣装を着替えたといういわれからこのように呼んでいる。

 

頼朝は、娘・大姫が1194年7月29日から危篤状態に陥り、

八方手を尽くしたが遂にその効が現れないので、

相模の国では霊場として並びないほど信仰を集めていた日向薬師に参詣し、

病気全快を祈ることとなりました。

 

鎌倉武士を従えて大山道を通り、

明神橋を渡って熊野、白髯の両神社の間の道からここに到着しました。

日向薬師参詣は、

先陣の随兵として14名、中陣の随兵として22名、後陣の随兵として14名の

諸将たちを従えてのみごとな行列でありました。

頼朝の行列は、日向全山を圧し、

正に壮観の極みであったと伝えられています。