地獄を旅する

 

 

 源氏物語の圧巻は宇治十帖であり、その伏線として六条御息所が重要な役割を果たしている。私は源氏物語の宗教的な側面に焦点を当てて人生の二面性 を語ろうとしている。いうなれば天国と地獄である。急いではいけない。天国を語る前にどうしても地獄を語らねばならない。私は先に、六条御息所の持つ地 獄性について語った。 

 彼女の怨みの霊は、源氏ではなく、源氏の恋人たちに向かうのだ。次々と怨みを晴らしていくのである。娘の斎王に同行して伊勢に下りやがて死ぬのだ が、彼女の霊は彼女が死んでもなお、源氏の愛人に取り付くのである。すさまじい霊の執念である。

 

 それでは、今回・・・・、いよいよ地獄に御案内しよう紫式部の隠れた世界・・・・・地獄へどうぞ! 

 

 伊藤遊という児童文学作家がいる。1959年の京都生まれだが、96年に「なるかみ」で第二回児童文学ファンタジー大賞佳作を、97年に「フシギ 稲荷」で第六回小川未明文学賞優秀賞を、そして同年に「鬼の橋」で第三回児童文学ファンタジー大賞を受賞された。「鬼の橋」(1998年、福音館書店) は、地獄の使者といわれる小野篁(たかむら)が主人公の誠にファンタジーな児童向けの本である。児童向けの本ではあるが、気楽にというか寝ながら読むとい う意味で・・・・大人が読んでも良い本だ。小野篁に関する本は、「今昔物語」や「篁(たかむら)物語」など大昔にはいくつか見られるが、最近はない。伊藤 遊の「鬼の橋」が唯一である。それだけにこの本は貴重である。

 

 

上の絵には馬鬼、牛鬼、三つ目鬼の三匹の鬼がいる。

小野篁(たかむら)の出入りする・・・

地獄の出入り口から出てきた地獄の鬼である。

 

地獄では賽の河原や三途の川が大事な舞台になっているが、

その出入り口である井戸がこれまた大事な仕掛けとなっている。

 

地獄とこの世を繋ぐ井戸、

それはいうなればタイムトンネルのようなミステリーゾーンで、

この小説でもそうだが、

 

伝承でも六波羅(ろくはら)は

珍皇寺(ちんこうじ)の井戸がそうだと言われている。

 

 

 

 小野篁(たかむら)といえば珍皇寺(ちんこうじ)、珍皇寺(ちんこうじ)といえば小野篁(たかむら)である。小野篁(たかむら)と珍皇寺(ちんこ うじ)との結びつきはそれほど強い。

 珍皇寺(ちんこうじ)は、六道と極めて関係の深い寺であるところから、六道寺と も六道珍皇寺ともいう。平安時代の前からあった京都でも特に古い寺である。この付近は鳥辺野の葬送の地で往古から盂蘭盆会(うらぼんえ)が盛大に営まれた ところである。 毎年8月9日と10日の両日、珍皇寺(ちんこうじ)で行なわれる盂蘭盆会(うらぼんえ)は「六道まいり」といい、昔は盛大であった。現在 はお参りする人は比較的少なくなったが、それでも知る人ぞ知るで結構人気がある。私は、背筋がぞくぞくするほど感じるところが多い。この付近はまさに「知 のトポス」であると思う。

 六道の辻からずっと出店が並び、高野槙やロウソクなどの盂蘭盆会(うらぼんえ)の用品が売られている。幽霊子育て飴という飴も売られている。門前で高野槙を買い求め、精霊迎えの鐘をつく。境内には、生 きながら地獄の冥官(めいかん)となったと伝える小野篁(たかむら)を祀る堂がある。小野篁(たか むら)と閻魔大王の像が二つ並んで祀られている。

 

 なお、小野篁(たかむら)については、この珍皇寺(ちんこうじ)の像ほか千本通は閻魔堂にもがある。また、小野篁(たかむら)の墓は堀 川通り北大路下がるにある。そこには紫式部の墓もある。千本通の閻魔堂にも小野篁(たかむら)の像があり紫式部の記念碑がある。それらを見ると、 小野篁(たかむら)と紫式部が深く結びついているように錯覚するのだが、それもまったく理由のないことではない。地獄を通じて結びついているのである。小野篁(たかむら)と紫式部は地獄によって通低している。

 

 

  梅原猛の「地獄の思想(昭和58年9月、中央公論社)」という本がある。梅原猛が若い頃書いた本なので今は絶版になっているが、地獄を語るとす ればこれを欠かすことはできない。

 梅原猛によれば、「地獄と極楽がまったく別なものであり、それが統合されたのは、日本では源信(げんしん)である。」

 「釈迦は、積極的に地獄を説きはしなかった。彼は人生を苦であると断じ、その苦の原因を欲望に求めて、欲望の消滅を説いたのである。それゆえ、伝 統的なすべての仏教宗派は、現世を苦悩の場所、地獄とみる見方をするのである。」

 そうなのだ。地獄の信仰、地獄の思想が古いのである。空海は地獄と天国を現世に見つめ、最澄につらなる円仁、元三大師、源信(げんしん)、法然、 親鸞、蓮如とつらなる浄土の思想は、死後の世界に天国をみたのである。極楽往生である。そういう地獄の思想の発展はあるものの、もともとの仏教思想は地獄 の思想である。このような意味から、まず「地獄を旅する」ことが必要である。地獄を語らずして天国を語るこ とはできない。地獄を語らずして平和を語る訳にはいかないのである。

 これからも哲学として地獄を語っていきたいと思うが、とりあえずは、今まで私が地獄について語ってきた部分を整理しておきたい。ここをクリックして下さい! 

 


地獄の源流、それは「六道の辻」・・

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