人権問題と「劇場国家にっぽん」

・・・啓発のための社会装置を如何に作るか・・・

 

 

 平和のためには、「平和の原理」にもとづくわが国らしい社会装置(社会的インフラ)が必要である。それは、人権という脈絡でいえば、人権尊重のための啓発システムということである。すなわち、「平和の原理」にもとづくわが国らしい社会的装置、それは人権尊重のための啓発システムでもあるわけですが、私は、そういう言い方をすることによって、結婚ということの哲学的なというか文化的な意味を意識しながらその重要性を言っているのであります。こう言っても何のことか良くお判りにならないだろうと思いますが、私は、人権啓発のための社会装置として、先に述べた「身体と脳の学習プログラム」というものを考えており、わが国の山岳地域においてそのための国際的な教育機関を作りたいと考えているのです。京都の桂に国際日本文化研究センターという日本文化を国際的に研究しようという誠に大掛かりな研究センターがありますが、日本文化を国際的に勉強するための教育機関が日本にあっても決しておかしくないと思います。否、むしろそういうものがあって然るべきだと思うのです。私の認識としては、日本文化は世界平和に貢献できる力をもっているし、又そうしなければならないのではないかと思っているのです。

 

 日本文化を学ぶといっても様々なものがあるかと思いますが、私は、世界平和という文脈の中で考えれば、やはり日本の平和憲法の何たるかを世界の多くの人に学んで欲しいと思っています。今現在、日本人は現憲法をどう考えているのか。憲法改正を考えている人も少なくないと思いますが、もし憲法改正をするというのであれば、どういう哲学にのっとって改正すべきなのか、その辺のことを学んで欲しいと思うのです。哲学です。日本の伝統的な哲学を学んで欲しいと思うのです。憲法改正を考えるとき、当然、世界に通用し、しかもわが国らしい憲法にしなければならないと思いますが、そのためには、明治憲法はもちろんのことですが、私は、鎌倉時代の「御成敗式目」というか当時の坂東武士の思想まで遡っていろいろと考えなければならないと思っているのです。武蔵という言葉の語源は、どうも古代朝鮮語と関係があるらしい。江戸という地名はもともと江戸氏からきており、江戸氏の本貫地は秩父です。その秩父は渡来人と誠に関係が深いし、関東を語るとき在来人と渡来人との混血ということを強く感ぜざるを得ません。結婚というもの、血のつながりというもののもつ哲学的というか文化的な意味は極めて重要であります。そのことをこのシリーズで勉強したはずです。これからの歴史教育において、皇国史観ではなく、関東はもちろんのこと東北も当然視野に入れてわが国の歴史や文化を考えねばなりませんが、東北に着目することによって、私たちの思索は世界に繋がっていきます。私たちの思想は東北を通じて世界に広がっていきます。「環太平洋の環」です。「環太平洋の環」のネットワークです。「環太平洋の環」における「身体と脳の学習プログラム」です。そして、「環太平洋の環」における「族外決婚」のすすめ・・・。

 中沢新一は、「モノとの同盟」ということをいいながら、ベーリング海峡を中心として「環太平洋の環」ということを言っておられますが、アメリカインディアンも含め、アジア系民族の血のつながりというものに私は注目しております。そういう血のつながりの中で、共通する神話を持ち、共通する「人類最古の哲学」をもっているのではないか・・・というのが中沢新一の言いたいところのひとつだと思います。人権問題を考えるとき、そういう血のつながりの重要性、結婚ということの持つ哲学的なというか文化的な重要性、これらは一言でいえば結婚哲学の重要性といって良いかと思いますが、そういう結婚哲学というものを十分考える必要性があるのだと思います。「環太平洋の環」です。「環太平洋の環」のネットワークです。「環太平洋の環」における「身体と脳の学習プログラム」です。そして、「環太平洋の環」における「族外決婚」のすすめ・・・。

 「環太平洋の環」に限りませんが、まあその辺を十分意識して、わが国は国際化をすすめるべきではないでしょうか。「環太平洋の環」の人々を中心に「身体と脳の学習プログラム」を学ぶ・・・国際的な教育機関を山岳地域に作りたい。私は、今年に入って、地域と公共事業(その2)と題していろいろと私の考えを書きました。もちろんまだまだ考えは定まっていないというべきでしょう。まだもやもやしたものが残っているのですが、わが国の山岳地域に、身体を動かしながら創造力を養う国際的な「モノづくり大学」のようなものを何とか作りたい、それが私の夢です。「身体と脳の学習プログラム」を学んだ人たちの中から、「環太平洋の環」のいろんなカップルが誕生するということは実に楽しいことだと思います。私は、そういう「野生の哲学」を身につけたカップルの誕生が21世紀に世界平和をもたらすのではないかと思っています。わが国の山岳地域からそういう「平和のカップル」が続々と誕生すれば・・・実に楽しいことですね。こんなうれしいことはありません。「劇場国家にっぽん」・・・万歳!

 今回のこのシリーズでもいろいろと勉強してきましたが・・・、かぐや姫の物語(竹取物語)というものは・・・、南方熊楠(みなかたくまぐす)の「燕石考(えんせきこう)」で明らかにされたように・・・、「環太平洋の環」に共通する結婚に関する神話すなわち結婚哲学であるのでしょう。人権問題を考えるとき、結婚哲学が必要なのです。結婚には人種的な差別があってはなりません。「族外結婚」はむしろ大いに祝福されるべきであります。大いに祝福して子孫の繁栄を祈るのです。「祈り」です。「平和の原理」にもとづくわが国らしい社会装置(社会インフラ)、それは人権尊重のための啓発システム、「身体と脳の学習プログラム」・・・・それは「祈り」のシステムでもあるわけですが、私は、結婚ということの哲学的なというか文化的な意味を十分意識しながら、つまり結婚哲学というものを十分考えながらそういう人権尊重のための啓発システムの構築を図りたい。それが「劇場国家にっぽん」のねらいでもあるのです。

 

1、「かぐや姫」の物語とは

2、鳥の巣あさり

3、結婚の条件

4、神話と現実

5、「身体と脳の学習プログラム」

6、南方熊楠

7、ポルトガル民話版のシンデレラ

8、南方熊楠の大発見・・・シンダレラ物語

 

 

Iwai-Kuniomi