淳仁天皇の怨霊

 

 

 前に「いかみの怨霊」について述べたが、それは一部であって、奈良時代から平安時代に移行するその頃の権力闘争はものすごいものがあった。まあ、奈良時代から平安時代の初期は怨霊だらけといっていい。怨霊うじゃうじゃ・・・。その中でも天皇の怨霊がいちばん恐ろしいものがあったのはいうまでもないことである。その最たるものが「淳仁天皇の怨霊」である。

 

 760年、光明天皇がなくなった。藤原仲麻呂の最大の後援者が失われたことになる。老練な政治家、吉備真備(きびのまきび)がこの好機を逃すはずがない。

 孝謙天皇も、母親の死によってかえって権力意識が強くなり、弓削の道鏡と大ぴらに親しくし始めた。あまりの親密さに、政治的危機を感じた藤原仲麻呂は、淳仁天皇を通じて、二人の関係を告発する。孝謙天皇はやむおえず出家するが、ほとんど院政に近いかたちで実権は外さなかった。吉備真備(きびのまきび)の支えがあったからであろう。 

 吉備真備(きびのまきび)の外交工作が密かに行なわれる。そして、遂に、藤原仲麻呂の新羅出兵の近づいた時、クーデターが起こるのである。764年9月11日、孝謙帝は退位して高野上皇となっていたが、行動を興すのである。激戦の内に、高野上皇から仲麻呂は逆臣として指弾され、一転して仲麻呂軍は反乱軍となった。この鮮やかなタイミングの駆け引きの裏には当然、吉備真備(きびのまきび)の周到な読みと準備があったであろう。漢氏(あやし)、秦氏(はたし)ら渡来豪族の国際派は、みな女帝の側についた。藤原仲麻呂は、宇治から近江を通り、東国へ逃れようと琵琶湖へ出たが、遂に追い詰められ湖上で妻子4人と一味徒党34人が捕らえられ、湖畔で斬られた。哀れなものである。

 

 淳仁天皇(じゅんにんてんのう)は、もはや仲麻呂の率いる軍勢もなく、衣服もはきものもそこそこに、母と3、4人の家来を連れて逃れようとしたが捕まって、淡路流配の身となった。淡路廃帝と呼ばれた天皇は、「幽憤に勝(た)えず、垣根を越えて逃げたが、明日、院中に薨(みまか)りぬ」と記されている。死因不明。暗殺の疑いが濃い。この幽憤は、怨霊としてやがて、皇室を悩ます。まだ33歳の若さだった。

 

 その淳仁天皇の怨霊をお祀りしてあるのが白峰神宮(しらみねじんぐう)である。京都の堀川は「戻り橋」からすぐのところである。歩いて5分。今出川堀川を東にいったすぐのところに白峰神宮はひっそりとある。この白峰新宮は、実は、明治になって創建されたもので、淳仁天皇の霊は、淡路島の御霊からお迎えして、京都にお祀りすることにしたのである。今は、淳仁天皇の霊は、崇徳天皇の霊とともに白峰神宮(しらみねじんぐう)にお祀りしてあるのである。

 さて、崇徳天皇についてだが、この天皇も淳仁天皇とどうように時代の大きな変革期に見られる・・・、まあいうなれば時代の犠牲者と言えるのではなかろうか。私が考えている時代の大きな変革期とは、貴族政治が確立する平安時代、武家社会が確立する鎌倉時代、近代国家が確立する明治時代である。それぞれ武力による全国統一が行なわれた。その過程で国民に厳しい抑圧がかかったことは容易に想像できるが、わが国は、天皇の権威と新しい宗教によってなんとか新しい時代を作り上げてきた。その反面、時代の犠牲者となった天皇も少なくないのである。平安時代の到来のためには淳仁天皇、明治維新のためには考明天皇がそれぞれ暗殺された疑いが濃い。そして鎌倉時代の到来に際しては天皇のもっとも激しい交代劇があった。この激しい交代劇については、おいおい勉強するとして、ここでは、白峰神社と関係から、崇徳天皇に焦点を当てて・・・天皇制を語る上での基礎知識を勉強しておくとしよう。それではここをクリックして下さい!

 

 

 

 さあ、中に入っていこう。

 

 

 

 

 

 実は、

この白峰神宮は、

もともと飛鳥井家の屋敷跡で、

境内末社として

かの蹴鞠で有名な飛鳥井家の鎮守を祀っている。

 

この白峰神社では、毎月二回、蹴鞠の練習が行なわれているので、

機会があれば是非御覧戴きたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

なにあろう・・・この「精太明神」というのが、

蹴鞠の神様のことで、ここにお祭りしてある。

鞠そのものが神様になったらしい。

立派なスピリットではないか。

 

なお、藤原成道(なりみち)(1097年生まれ)は、

比類のない蹴鞠の名人といわれ、

のちに難波(なにわ)家と飛鳥井家(あすかいけ)に分れた二つの蹴鞠道の家元からは、

「鞠聖」ともよばれて尊ばれた人物である。

 

サッカーはJリーグの発足当時、

日本選手として大活躍したかの名選手ラモスの奉納した額

本殿の壁に架けられている。

 

 

 

 

さあ、それではゆっくり境内を見て回ろう。

ゆっくり!ゆっくり!

 Iwai-Kuniomi