一神教の誕生

 

 

 いよいよ一神教の誕生だ。前々回に<精神と物質とが同じ運動をくりひろげる不思議な領域>のことを申し上げたが、今回、まだ一神教が誕生するだけ ではまだこの不思議な領域に入るわけではない。早くその不思議な領域のことを紹介したいのだが、ものごとのには順序というものがある。今しばらく我慢して この「神の発明シリーズ」の勉強を続けよう。前回、高神(たかがみ)と来訪神(らいほうしん)の世界について勉強し、次のように申し上げた。

「高神(たかがみ)と来訪神(らいほうしん)は、スプリットやグレーとスプリットの棲む世界と同じなのかそうでないのかやや曖昧な面がある。一神教 までいくともうすっかりスプリット世界とは違う世界になるのだが、この高神(たかがみ)と来訪神(らいほうしん)の世界というのは、どうもその中間的な世 界なのである。一神教の世界にいっぽ足を入れている部分もあるがまだ残余のスプリットも残っている。そういうややこしい世界なのだ。高神(たかがみ)と来 訪神(らいほうしん)の世界というのは中間領域であって、スプリット世界といえばスプリット世界だし、かといって神(ゴッド)がいないかといえばそれも居 る。シュミットに言わせれば、高神(たかがみ)と来訪神(らいほうしん)という二種類の神(ゴッド)が居る。実は、わが国がそうなのだが・・・、ちょっと 微妙な世界、それがこの高神(たかがみ)と来訪神(らいほうしん)の世界なのである。」

 

そして、「国とか社会から制度的に大きなストレスがかかると、脳の中でも<対称性の自発的破れ>という現象が起きる。それが高神であり来訪神である ということらしい。」・・・と。そして、<対称性の自発的破れ>という物理現象を引き合いにして中沢新一が一神教の誕生を説明しようとしていることを示唆 しておいた。要は、社会的なプレッシャーなのである。社会的なプレッシャーがかかると、メビウスの帯に亀裂が入ってくる。高神(たかがみ)と来訪神(らい ほうしん)の世界では、まだ完全な亀裂が入っていないが、一神教の世界では、完全に亀裂が入って、メビウスの帯は完全に引き裂かれた状態になる。もはやこ の世とあの世をスプリットたちは行ったり来たりすることはできない。表は表、裏は裏と完全に界は分離されてしまうのだ。要は、プレッシャーの大きさなので ある。

 

 

 それでは、一神教は、どのようなプレッシャーがかかって、どのように誕生したのか。ここでは詳しい勉強はできない。ここでは、短時間に最低限度必 要な知識を勉強するに止めざるを得ない。今回もいつものように中沢新一の著書から関係部分を抜粋するが、今回使うのは、「緑の資本論」(2002年5月、 集英社)である。では始めよう。

 

 p48右3行目(魔術と象形文字の)〜p52右5(ふりをしている。)

 

 以上が「律法の書(トーラー)」に書かれた「一神教の誕生神話」である。ここに語られているように、この誕生というごく初期の段階にも徹底的な弾 圧が行なわれているが、その後も長い年月をかけて、モーセの弟子や多くの預言者たちが熱心にこの神の偉大さを説いて回ったし、社会制度的にもものすごいプ レッシャーがかかりつづけ、一神教がその形を整えてくるのである。今私は、「緑の資本論」(2002年5月、集英社)から引用して、「律法の書(トー ラー)」に書かれた「一神教の誕生神話」をいきなり紹介したのだが、その前後のことも触れておかなければならない。こんどは「カイエソバージュ・、神の発 明」(2003年6月、講談社)からの抜粋である。

 

 『 「ハベル」の歴史への出現

 いまから四千年ほど前、と言えば、日本列島では縄文中期の文化が栄えていた頃の話ですが、いまのイスラエルにあるカナン地方に、「ハベル」とか 「アビル」と呼ばれる放浪する部族の一隊が、住みつくようになりました。 

 この人々は、ティグリス川とユーフラテス川の間の美しい谷に、シュメール人のつくりだした最古の文明都市ウルを出て、長い旅の末に、この豊かなカ ナンの地にたどり着いたのでした。この旅を率いてきたのは族長のアブラハムという人物で、伝説では「ヤハウェ」という名前の神をお祀りしていたと言われて います。

 このときアブラハムがお祀りしていた「ヤハウェ」の神が、どういう神であったのか、本当のところはよくわかっていません。もちろん旧約聖書には、 その神はアブラハム時代から六百〜七百年後にエジプトからの脱出を敢行した族長モーセの時代に、モーセの前に出現した神と完全に同じ神であると書かれてい ますが、それはずっとあとになってから、ユダヤ民族が自分たちの歴史を、「唯一神」の思想にしたがって合理化するために考え出した話で、そのまま鵜呑(う の)みにすることはできません。』

 

 

『 「高神」としてのアブラハムの神

 現代でも旧約聖書についても自由な考えからいろいろな研究がすすめられるようになってきています。そのような聖書研究を積み重ねていくことによっ て、将来「一神教の民」の信仰の、初期の本当の姿が浮かびあがってくることでしょうが、いまの段階でも、それが「多神教宇宙」と私たちが呼んできたもの と、それほど大きな違いはなかったと言えそうな気がします。しかも一般のイスラエルの人々は、ヤハウェだけでなく、豊饒の神バアルでさえ、おおっぴらにお 祀りしていたのです。「トーラス型」と「メビウス縫合型」が共存しあっていたわけです。 お気づきのように、これは日本列島本土の神社信仰と同じ構造をし ています。』

 

『 モーセの前に唯一神が出現する 

 こんな具合ですから、イスラエルの人々の間に、「唯一神OneGod」というものが出現してくる過程は、とても長い時間を要したゆっくりとしたも のだった、と考えたほうが良いと思います。しかしそのなかにも、劇的な変化をつくりだしただろうと想像される、いくつかの出来事があります。

 そのなかでもいちばん重要なのは、モーセの思想です。モーセはそれまでのイスラエルの人々の考え方とは違って、アブラハム以来の彼らの神ヤハウェ を、人間との絶対的な距離で隔絶された非対称性の神として理解し、あわせてほかの多神教宇宙の神々への信仰を徹底的に禁止したのです。 』

 

 『 一神教革命の意味 

 人類の思考のうちにはじめて、絶対的に非対称な神が出現したのです。

 苦難の歴史を体験するたびに、イスラエルの人々の間には、「唯一の神ヤハウェ」への絶対的な信仰と、いまや「異教の神」としてレッテルを貼られる ことになった多神教宇宙の神々に対する拒絶を主張する預言者たちが、つぎつぎに登場しては、モーセがはじめたこの「一神教革命」を、どんどん極端なところ にまで引っ張っていこうとしました。・・・(中略) 

 ホモサピエンス・サピエンスの脳はじめて出現したスピリット世界は、何回にもわたる構造の組み換えをへても、「対象性の維持」ということをとおし て、いまだに原初の全体性を保ち続けてきました。そのスピリット世界の構造の組み換えから生まれた「高神」という存在の中から、ヤハウェなる神(ゴッド) が出現したわけですが、このヤハウェを「唯一神」とすることによって、その全体性(メビウス縫合型世界とトーラス型世界)を突き崩そうとする人々が、ここ に出現しようとしていたのです。それはいずれ、世界の姿を変えてしまう力をもつにいたるでしょう。その意味で、たしかにこの出来事は一種の「革命」だった のだと思います。』

 

 今、私は、メビウス縫合型世界とトーラス型世界という中沢新一お気に入りの言葉を使ったが、これらについてはまだ勉強していない。次回は、これら の勉強せずにはなるまい。

 

 

 次は「メビウス縫合型世界とトーラス型世界」の勉強です。

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