後白河法皇御撰の「梁塵秘抄」に採録された貴船の歌である。単に地名を並べたような不可思議な歌だが、実は貴船社の末社群の名称である。社名そのものを言挙げ(ことあげ)することによって神々を讃嘆(さんたん)しているのだ。まことに神聖でお目出度い歌である。
上記「梁塵秘抄」とほぼ同じ時期の真言密教の伝書「覚禅抄」には、「呪詛神(じゅそしん)、貴布弥(きふね)、須比賀津良(すいかずら)、山尾、河尾、奥深」と挙げられ、平安京の祈雨神すなわち水神として、大社に列格されている。
貴船は、本来、水神の鎮座ましますところである。その時期は定かでないが、多分、平安遷都以前の奈良時代、すでに山背(やましろ)の水神、雨乞いの神として祀られていたものと思われる。
奥宮の床下には霊泉(吹井)が秘められていると言う。勿論、これを拝見した者はいないが、遷座のありにも汚さず、その中を見ることを憚ると言う。ある遷宮時に、大工が誤ってノミを落としたところ、龍が立ち上り、本人は失神間もなく死亡したそうだ。
霊泉、これが貴船社の当初形態だ。今なお霊泉信仰は生きていて、私が御参りしたときに、埼玉県は上尾から貴船の霊泉を汲みに来ていた。目が悪いとの事・・・。「早く治ると良いですね!」といいながらお別れしたものでした。
上記の真言密教の伝書「覚禅抄」は、真言密教の実践書であり、おそらく平安前期から多くの修行僧がこの谷に入ったものと思われる。その中で、「空也上人と鹿」の話は大変興味がある。
修行僧たちは、貴船神社の前で行う修法の際にミサキ(先駈け)として、貴船社の主祭神というより、自らの呪力にこたえた異形異類の神を招来したものと思われる。
谷の奥深く龍蛇のごとくくねり、ほとばしる貴船川。生い茂る樹々に蔦葛がからみ合う。そうした貴船の自然に依って育まれ、顕現した神々である。水の神、山の神だ。

現在の祭神は、本社がタカオカミノ神、奥宮がクラオカノ神である。タカは峯、クラは谷であり、そこに現れる神がタカオカノ神とクラオカノ神である。竜神であろう。雨を掌る神である。雨は恵みをもたらし、災害をもたらす。



それでは神の世界からもう一度怨霊の世界に戻りましょう!