黒潮
皆さんも御存じのようにわが日本列島にははるか沖縄の方から黒潮が流れてくる。
途中、対馬海流が分岐するが、
黒潮はおおむね列島の太平洋側を陸にそって流れ、
銚子の沖で列島を離れてはるかアメリカ大陸に向かう。
江戸末期、土佐の漁師・ジョン万治郎はそれにのって大平洋の小島に流れ着いた。
アメリカの捕鯨船に助けられるのだが・・・・・、
よほど注意しないと黒潮は恐ろしい。
過去数えきれないほどの海人が黒潮に流されて行方不明になっているのではないか。
黒潮は世界で屈指の海流である。
赤道海流が北緯20度付近のミクロネシアないしフィリッピン東方で北転し黒潮となる。
そして、
ルソン、バシー、台湾東方、東シナ海、南西諸島の西方、
奄美諸島と北上し、九州にくる。
ここで一部は対馬暖流となって日本海沿岸を流れるが、
主流はさらに四国と本州の大平洋を進み、
おおむね房総半島で寒流の親潮と接触し、
北アメリカ西岸からニュージランドに向かう極めて大きな暖流である。
別名を黒瀬川とも言う。
地球的規模の海流であり、これを舟運に使わない手はない。
古代人もこれを使った。
渡来人の影響があるかもしれない。
なお、佐原にある香取神宮は、
西国における伊勢神宮に比すべき存在であると思われるが、
香取という名称はもともと舵取りからきたと言われ、
そもそも香取というところは
舟運の拠点でもあったと思われる(「伝承を考える2(金鈴文庫)」)。
海上保安庁から定期的に海流図などが発表されているが、
伊豆諸島付近では誠に複雑な流れをする。
当然だろう。
伊豆諸島という・・・・いうなれば列島の尾根がずっと伸びているので、
その影響で黒潮は複雑な流れをするのだ。
上の図は単純化して描いてあるので正確ではないが、
東京湾に向かう流れが描いてある。
実際は、
陸からあまり離れないで航海する・・・
いわゆる地乗り航法で航海するので、
伊豆半島を越えたところで、
大山がまず目印になる。
次いで、
三浦半島をめがけて船を走らせれば自然に鎌倉に着く。
鎌倉こそ、
太平洋側における
古代からの重要港湾であったのだ!
これも伊豆諸島のお蔭であることは言うまでもない。
伊豆諸島の我が国歴史に果たした役割はけっして小さくはない。
海人(あま)の歴史的意義を思いながら・・・
古代における鎌倉の位置付けというものを考えて欲しい。