源氏物語・虚無の旅

 

 源氏物語は、山口昌男がいうように、さまざまなレヴェルの「現 実」が折り込まれた統合的芸術である。通常は歴史的恋愛物語として語られているが、宗教的な側面に焦点を当てて語ることもできる。山口昌男が分析研究して いる天皇制との関係は後述するとして、ここでは宗教的な側面を取り上げて、そのゆかりの「場所」に出かけることとしたい。

 嵯峨、宇治、小野が当面の目的地である。地獄の関係ではどうして も六波羅にも行かなければならないだろう。偶然かも知れないが、紫式部の墓は・・・・・小野篁(たかむら)の墓と一緒にあって、紫式部は、小野篁(たかむら)を通じて地獄の郷・六波羅と結びついている。

 源氏物語は、比叡山との関係を抜きに語れない。したがって、比叡 山は横川にどうしても出かけなければならない。横川にはできれば八瀬から歩いて登っていきたいと思っている。しかし、横川は不便で遠い。比叡山は山の奥で ある。したがって、横川にいけるのはいつのことやら・・・・・。とりあえず、比叡山の雰囲気だけは次の写真で感じ取っておいて欲しい。源氏物語は比叡山 (天台宗)があったからこそ成立しているのではないか。それが私の考えであるが、・・・・そういう前提で、この虚無の旅をすすめることとしたい。

 

 

 [比叡山1]  [比叡山2] 

 

 

 源氏物語の宗教的な側面を語るということは〈宇治十帖〉を語ると いうことである。源氏物語54帖のうち最後の10帖・・・、45橋姫,46椎本(しいがもと),47総角(あげまき),48早 蕨(さわらび),49宿木(やどりぎ),50東屋(あずまや),51浮 舟,52蜻蛉(かげろう),53手習,54夢浮橋(ゆめのうきはし)・・・を一般に〈宇治十帖〉と呼ぶのだが、それらはまさに源氏物語の圧巻であり、宗教的な色彩がまことに強い。宗教的 な側面に焦点を当てる限り、それまでの43帖はその〈宇治十帖〉を書き上げるためにその伏線として書かれたのではないか・・・・という感じすらする。そし て、前段の43帖は・・・まことに華やかな恋愛物語が続くのだが、私の見るところ・・・・どうも・・・・、その前段は、「六条御息所」を中心に物語が展開 されているように思われる。したがって、〈宇治十帖〉の前に・・・・どうしても「六条御息所」に触れておかなければならない。

 舞台は、京都のはずれ・・・・、鬼の棲むというあの恐ろしい嵯峨 である。〈宇治十帖〉の主たる舞台は、京都のはずれもはずれ、「鬼姫」で有名なあの・・・宇治であり、最後のもっとも大事な舞台は、これも京都のはずれ、 あの妖しき小野の郷である。比叡山の麓、源氏物語にいうところの北山である。

 宇治や小野にはいずれ行くとして、とりあえずは嵯峨に出かけるこ ととしたい。嵯峨は、今でこそ京都を代表する観光地になっているが、かっては鬼の出没する恐ろしい「場所」であったらしい。地獄の使者・・・・・、あの小 野篁(たかむら)は、京都の六波羅から地獄に入っていき、帰ってくるときは嵯峨に出てきた。地獄への入り口が六波羅にあり、地獄からの出口が嵯峨にあった ということである。鬼が関係していたのであろう、京都の西は、実際に、ほとんど人は棲まなかった。長い間、京都の町は、東に開け西には開けなかったのであ る。

 


それでは嵯峨へ・・・・

六条御息所ゆかりの・・

野宮神社に出かけよう!