魔多羅神

 

 

 私は先に、広隆寺の牛祭りは円仁によって始められたと述べ、『 魔多羅神は、比叡山では現世利益の神として崇められてきたが、叡山の麓の赤山禅院で赤山明神即ち泰山府君として祀られてきた。人の生死を司る神であるとも、閻魔大王の書記ともいう。さあ、それにしても魔多羅神とは何か?ど んな神なのか?よく判らないではないか? 』・・・・・と述べた。魔多羅神はよく判らない神だ。私たちが、道教とあまり縁がないからかも知れない。円仁が もたらした魔多羅神という神はどうも道教の神らしいこと、そしてその神が赤山禅院では大山府君として祭られているということ、そしてその神は比叡山ではかなり重きをなして祭られていることぐらいしか判らない。しかし、そもそも魔多羅神とは、道教の神だとしても、どうい う御利益のある神なのか、そこが判らない。否、それよりも、そういう異国の神をやすやすと受け入れたわが国の心が判らない。わが国の古来の信仰、わが国の 心、それは「野生の思考」ということなのか?まあ、その辺はおいおいと勉強していくとしよう。

 

 魔多羅神の研究については、あまりこれというものがないが、黒沢一功という人がずいぶん詳しく研究 している。私の目で見てそのごくごく肝心なところだけを紹介しておきたい。

 

 ○謎の京都太秦 大酒神社の摩多羅神 (マタラシン or マタラジン)

 京都右京区太秦(うずまさ)蜂岡町にある大酒神社(おおさけ)の牛祭は京都三奇祭の 一つ。かつては神社祭であったが、現在は、広隆寺が行っている。そのため、広隆寺の「牛祭」と広く言われるようになってきている。十月十日(夜8:00 頃)に奇妙なお面をつけて牛に乗った摩多羅神がお出ましになる。赤鬼、青鬼、二人づつ先導にして、広隆寺西門から出て行列をする。やがて、山門の前を通 り、東門より境内に戻る。薬師堂の前の祭壇を牛に乗ったまま三周したあと、祭壇に登り、赤鬼・青鬼とともに祭文を読みはじめる。独特の節回しで長々と厄災 退散を祈願する。その間も、祭の世話役や見物人などから、やじが飛ぶ。最後に、祭壇から薬師堂の中に駆け込んで終わりとなる。摩多羅神の祭りは、かつて 「おどるもあり。はねるもあり。ひとえに百鬼夜行(ひゃっきやぎょう)に異ならず。(太秦広隆寺祭文)」と言われ、昔は、かなり乱痴気な祭と言われている が、今は整然とした儀式である。摩多羅神のいでたちは白衣装束に紙をたらした冠をかぶり、その頭巾には北斗七星を載いている。この奇相でおかしな摩多羅 神、サンスクリットないし、インドの俗語であるといわれるも、その語彙は特定できない。また、仏教の守護神とされているが教典にも定かではな い。どちらかといえば道教神のようだ。しかし、この神名はどこを調べてもよくわからない。天台の学僧であった覚深(かくじん)は、将軍・徳川吉宗のころ (1738年)に、「天竺・支那・扶桑の神なりや、その義知りがたし。 支那の神にあらず、また日本の神にもあらざれば、知らざる人疑いを起こす輩もあるべきことなり。」(摩多羅神私考)と述べている。摩多羅神の本性はすでに 謎に包まれていたのである。

そこで、この摩多羅(マタラ)とは、摩(マ)と多羅(タラ)とに分けてみよう。すると、見えてくるこ とがある。摩はマー(Ma)、多羅はターラー(Tara)。

 

○摩多羅神の語源は、ヘブル語でオシラー女神か

 マ(Ma)はインド・ヨーロッパ諸語で母親を意味する基本的音節で、Ma・Maは母親の乳房をない し、母親を意味している。アイヌ語では女性を意味する語音である。シュメールのアッカドの太女神はママ、マミ、マミトゥという。*ヘブル語のばあい、 「MA」は、液体=Mと、誕生=Aの意味で、聖なるしるし(メム−アフレ)として、霊験あらたかな護身の力があった。この二文字は紀元前9世紀の初めから ユダヤ人の護符にされていた。MAは太母神の呪力をもっていたわけである。ペルシャ人は母性霊をムゥルダト−アメレタト(MA)と呼び、死と再生を司る。

 

○摩多羅神の語源はサンスクリット語?

多羅は、通説的には多羅菩薩、Tara(ターラー)、つまりチベットの緑ターラーと白ターラー、神秘 的で魅力的な観音(アボロキティ・シュバラー)で、衆生を苦しみから救う救度仏母として崇拝される。原語ターラーとは、眼、瞳(ひとみ)のことで、仏典で は眼精・瞳子・妙目精などと訳された。 ターラーは、その瞳から大光明を放つ。 ターラーはまた、星という意味があり、この女尊はチベットのタンカ(タペストリー)に星の輝く夜空を背景に描かれる。タ-ラーは、めずらしい夜の女神であ る。

そもそも、太秦のこの牛祭は夜祭りであり、真っ暗になってからはじまる。この太秦の摩多羅神は唐模様 の頭巾をかぶっておられ、その頭巾に北斗七星が描かれる。ターラーにとっては夜こそふさわしい。ターラーは救いと夜空に輝く星の意味を併せ持った境界神で ある。偉大なる女神ターラー(TARA)にはサンスクリット語で語源的には川を横切る、運ぶ、超越するなど、また、解放する、逃れるなどの意味がある。そ して、ターラーが救度菩薩といわれるのも冥界との境界においてこの女神が援助の手をさしのべてくれると信じられているからである。その意味で、ターラーは 純粋な「境界神」であり、両性を併せもつ「超性」の菩薩である。

 一方、北斗七星があるということは道教に習合されて日本に来たことになるのだろうか。  

慈覚大師円仁(えんにん)が唐からこの摩多羅神を持帰ったという伝承がある。この伝えによると、円仁(794−964)が、唐から日本に帰る船の中 に念仏の守護神として現れたとされる。「渓嵐拾葉集」では、摩多羅神は「吾は障礙神である。 吾を祀らなければ、往生の願いは達せられないであろう」と告げたという。帰朝した円仁は、その後、常行三昧堂の念仏の守護神として祀った。確かに、中国か ら渡来した神名であることだけは確かなようだ。そもそも、入唐八家といわれる円仁はサンスクリットの音韻を中国語を通して音読できた。悉曇学(しったん 学)の祖というべき貴重な人物だった。

そこで摩多羅が円仁が招来したと言われることから、この摩多羅はどうしてもサンスクリットの音韻を踏んだものだろう。サンスクリット語で 「Matr」は、「MatrーVeda(Vedaは神)」というと、これが「神母」となる。Matrは、そもそも雌牛の意味を持っている。そして、さらに 母という意味を合わせて持つ。なんと、Veda、神と連結させると、神母(地母神・・・註: 母なる大地が神格化されたもの。地上に生きるもの全てを包み込む母性と、大自然の厳しさという2つの性格が同居している。地母神信仰は世界各国に古くから 存在している。)になる。

「Matr」は、5母音を踏む日本語に転化するとマータラになる。マータラ・ヴェーダ。それにしても、あまりにも見事な訳語がたち現れて来た。一語 で、雌牛という意味と母という意味がある。その両義性がなんとこの「Matr」一語で出てく る。まさに、なにゆえに「牛祭」と呼ばれるようになったのか、そしてMATARAがなにゆえに神名なのか、もうこれ以上言う必要もだろう。

 *円仁(794-964) 延暦寺第三世の坐主になって、慈覚大師と称された。

 

 私は、冒頭に、『 魔多羅神はよく判らない神だ。私たちが、道教とあまり縁がないからかも知れな い。円仁がもたらした魔多羅神という神はどうも道教の神らしいこと、そしてその神が赤山禅院では大山府君として祭られているということ、そしてその神は比叡山ではかなり重きをなして祭られていることぐらいしか判らない。しかし、そもそも魔多羅神とは、道教の神だとしても、どうい う御利益のある神なのか、そこが判らない。否、それよりも、そういう異国の神をやすやすと受け入れたわが国の心が判らない。わが国の心、それは「野生の思考」ということなのか?まあ、その辺はおいお いと勉強していくとしよう。 』・・・・と述べた。そうなのだ。魔多羅神の問題、それは、わが国の古来の信仰の問題であり、わが国の心の問題でもある。そ して、それは「野生の思考」の 問題でもある。