「見えない人(Invisible man)」の話

 

 この物語は一八八四年の『アルゴンキン伝説集』に収められています。概要を紹介しましょう。これは、英語に訳されたもので“Invisible man”(目には見えない男)というタイトルがついています。

 

 昔むかし、湖のほとりに大きなインディアンの村があった(Nameskeek'oodunKuspemku)。この村のはずれに一軒の家があり、そこにはふつうの人の目には見えない人が住んでいた。この人は偉大な狩人で、守護神(teeomul)は霊会の最高者であるヘラジカだった。この人のお世話は、一人いる妹が全部取り仕切っていた。そして、この人を「見る」ことができた少女は誰でも、この人と結婚できると言われていた。そのために、たくさんの少女たちがこの人を見ようとさまざまに試みたが、誰一人として成功した者はいなかった。

 こんなふうだった。夕方が近くなって、狩りに出ていた「見えない人」が村に戻ってくるとおぼしき時刻になると、妹は湖のほとりにやってきていた少女に近づいて、いっしょに散歩をはじめるのだった。妹には兄である「見えない人」のことが見えた。彼女にはお兄さんがいつも見えていたので、その腕を取って歩きながら、かたわらの少女にこう尋ねるのだった。「あなたには私のお兄さんのことが見える?」

 するとたいがいの少女はこう答えた。「ええ、もちろんよ、よく見えるわ」。でもなかには「だめ、見えないわ」という子もいた。

「見えるわ」と答えた少女には、妹はさらにこう尋ねた「Cogoowa'wiskoboosich?(じゃ、お兄さんはどんな肩紐をつけている?)」さらにこうも聞いた。「お兄さんのヘラジカ橇(ぞり)はどんな鞭(むち)を使っているのかしら?」

 すると少女たちはこんなふうに答えたものだった。「なめし皮の肩紐よ」とか「緑の柳の小枝でできた鞭よ」とか。すると妹は少女たちが本当には「見えない人」のことが見えていないとわかったので、静かに「わかったわ。さあ、私たちの小屋(wigwam)に戻りましょう」と言った。

 小屋に入ると、妹は少女たちに「あそこの場所には座ってはだめ、お兄さんの座る場所だからね」と注意した。彼女たちは夕食を準備する手伝いをした。彼女たちは興味津々だった。「見えない人」がどうやって食べるのか、知りたかったからだ。しかし「見えない人」は戻ってきて、家の中でモカシン靴を脱ぐと、ほかの人の目にも見えるようになったので、そうなるとふつうの人と同じになった。

 少女たちは何かが起こることを待ったが、何も起こらなかった。たとえ彼女たちが一晩中この人といっしょに過ごしても、何もおこらなかった。

 この村に一人の妻をなくした男がいた。彼には三人の娘がいたが、いちばん末の妹はとても身体が小さくて、弱く、しばしば病気になっていたので、お姉さんたちは(とりわけいちばん年上のお姉さんは)末娘のことをずいぶん酷く扱った。それでも二番目のお姉さんはまだ少し優しいところもあったので、末娘の言いつけられる仕事の手伝いをしてやったりした。ところがいちばん上のお姉さんは焼けた炭で末娘の手や顔を焼いたので、身体中は虐めの傷跡だらけだった。そこで村の人たちは彼女のことをOochigeaska'つまり「ボロボロの肌の少女(rough-skin)」とか「燃やされた肌の少女(burned skin girl)」とか呼んでいた。

 父親がもどってきて、末娘のひどいかっこうをしているのに気がついて、どうしたのか、と、訪ねると、すかさずいちばん上のお姉さんがこう答えた。「なんでもないのよ。この子が悪いのよ。火のそばにいっちゃいけないと言いつけておいたのに、言いつけを守らないで火に近づくもんだから、火の中に落ちてしまったのよ」。

 さて、この二人のお姉さんたちにもとうとう順番がやってきた。いよいよ「見えない人」のところへ出かけて、自分たちの運を試すべき日がやってきたのだ。お姉さんは精一杯めかし込んで、自分たちを美しく見せようとした。末の妹がまだ家にいたので、彼女をいっしょに連れて、湖畔まで降りていった。さて、いよいよ「見えない人」がやってきた。この人の妹の質問に答えなければならないのである。「あの人のことが見える?」と聞かれて、お姉さんたちは「はい、もちろん見えます」と答えた。同じように、肩紐のこととか橇の鞭のこととか質問されて、「なめし皮でできたのを手にしています」などと、本当は見えもしないのに嘘をついて答えたので、ほかの少女たちと同じように何ごともおこらず、何ものも得られなかった。

 翌晩、父親はたくさんの小さなきれいな貝を持って戻ってきた。この貝がらはweiopeskool(wampumとほかのインディアン語では呼ばれる貝殻のお数珠(数珠))ができるので、みんなでさっそくnapawijik(紐を通す作業)にとりかかった。

 かわいそうなOochigeaska(燃やされた肌の少女)は、いつもは裸足だったが、ある日父親から古くなったモカシン靴をもらった。モカシンは彼女には大きすぎたので、湖にいって水に漬けて小さくして、自分に合う大きさにした。そして、お姉さんたちにwampumを少しだけくださいと頼んだ。いちばん上のお姉さんは「向こうへお行き、この嘘つきのバイ菌ちゃん」と言って追い返したが、つぎのお姉さんは少しだけwampumを分けてくれた。

 わずかなボロで身体を覆うだけだったこのかわいそうな少女は、そこで森に行って白樺の皮をはいできた。そして木の皮にちょっと形をつけて、衣服につくった。これを着ると少女はまるでおばあさんのように見えた。それからペチコートをはき、ゆったりのガウンをはおり、帽子やハンケチを身につけ、膝まで埋まってしまうほど大きな父親からもらったモカシン靴をはいてでかけた。自分の運命を、彼女は試そうとしていたのだ。

 村のはずれに建てられたwigwamがあったが、そのとき彼女の目にははっきりと「見えない人」がそこにいるのが見えたのである。

 なんと幸先のよいことだったろう。彼女が立っていた戸口のところからその人のいるところまで、シュルシュル、ホーホーと不思議な音を立てる気流がつながっていたのだ。お姉さんは末娘のこの奇妙なかっこうを見て、さんざん笑い者にして、家に留まらせようとした。でも彼女は言うことをきかなかった。お姉さんたちはいよいよいきりたって嘲(あざけ)ってみせた。とうとう大声で「いいかげんにおし」とどなってみたが、彼女はかまわず、ずんずんと目的の場所に進んでいった。まるでなにかの霊が、彼女を突き動かしているかのようだった。

 ずいぶんと奇妙ないでたちをした小さな女の子は、髪の毛をちりぢりに焦がし、ちっちゃな顔を真っ赤に上気させ、篩(ふるい)に穴でもあいているかのようにどんぐり目を見開いて一点を見つめて、やってきた。なんて変なかっこう。でも、「見えない人」の妹はこんな彼女を暖かく迎え入れた。なぜならこの高貴な魂をもった女性は、ものごとを外見ではなく、その奥にひそんでいるものの価値によって知ることができたからである。

 夕闇が降りると、彼女は少女を誘って、湖畔に降りてきた。そして「見えない人」のやってくるのがわかるかどうかを、試してみた。「あの人が見えますか」と少女に聞いた。

「もちろん、見えますとも。ああ、なんてすばらしい方なのでしょう」。

「あの人の橇をつないでいる紐はどんな」。

「虹です。虹でできています」と答えたが、すぐに怖くなった。

「お姉さま、橇の先頭に結んである紐はなんですか」。

「あれはね、Ketak'soowowcht(天の川よ)」。

「あなたには本当に見えているようね」と妹は言って、彼女を家に連れて行った。彼女は少女の身体をていねいに洗うと、顔や身体を覆っていた傷や汚れがすっかり消えて、きれいになった。髪はぐんぐんと伸びて、まるで黒鳥の羽根のように長く、美しくなった。目は星のようだった。こんなにきれいな少女はこの世界にもいないと思えるほどだった。妹は宝箱からいろいろな飾りを取り出して、少女を結婚の飾りで装った。髪に櫛を入れてけずると、髪はますます長くなっていった。驚くような出来事が次々と起こった。

 こうしたことが済むと、妹は少女にwigwamの中の妻の座にお座りなさいと言った。その隣に「見えない人」が座る。そこは戸口の脇の座である。「見えない人」がとうとう部屋に入ってきた。彼は神々しいほどに美しかった。そしてこう言った「Wajoolkoos(とうとう見つけたな)」。

「Alajulaa(はい)」と彼女は答えた。少女はこうして「見えない人」の妻になった。

 

Iwai-Kuniomi