南方熊楠

 

私は先に、「鳥の巣あさり」という話の中で、『 神話というものはすこぶる永い年月をかけて民族の知恵によって磨きが得られた教訓であるので、まったく荒唐無稽と思われる中にも、真実に根ざした大変重大な内容を含んでいる。かぐや姫にもそういう神話の部分を含んでいる。それが「燕がもった子安貝」である。「鳥の巣あさり」という現在もヨーロッパで行なわれている習俗と重なる部分を含んでいるのである。こういうと、かぐや姫の物語が何故ヨーロッパの習俗とつながりをもつのかという新たな疑問がでてくるが、それは後ほど説明していくとして、ここでは女性の性器の形をした燕と子安貝のもつ謎に迫っていかなければならない。』と述べ、かぐや姫の物語が何故ヨーロッパの習俗とつながりをもつのかという疑問については説明を保留してきた。ようやくここにきて、中沢新一の「人類最古の哲学、カイエ・ソバージュ氈v(2002年1月、講談社)を紐解きながら、簡単ではあるが、その説明をしておきたいと思う。すべて中沢新一の受け売りである。

 

まずは、南方熊楠を紹介しなければならない。南方熊楠は、日本の生んだ型破りの学者だが、中沢新一によれば、近代日本が生んだ最大の博物学者だそうである。以下は、「人類最古の哲学、カイエ・ソバージュ氈v(2002年1月、講談社)における中沢新一の説明である。

 

『 (南方熊楠は、)和歌山県田辺(たなべ)市に生まれた、学問と山野をかけめぐることの大好きな少年でした。記憶力抜群、幼い頃から読んだ本は片端から暗記してしまうほどの頭脳の持ち主でしたが、学校で学ばされることの無意味さにほとほと絶望した彼は、日本の大学には行かず、アメリカに行ってしまった人です。サーカス団といっしょにキューバに渡ったり、孫文(そんぶん)と友情を結んだり、破天荒な行動で周囲をびっくりさせていましたが、大好きな植物研究、とくに粘菌という植物の研究はかたときもおこたったことがありませんでした。それからイギリスに行って、はとんど独学で膨大な勉強をしました。そして、民俗学、人類学、考古学、植物学、動物学を全部総合したような学問である博物学の大変な大家になり、一時はロンドンの大英博物館の職員にもなったほどでした。

 この南方熊楠が若き日に書いた有名な論文が、この燕石についての論文なのです。熊楠は滞英時代、雑誌「ネイチャー」にすぐれた論文を発表して、大変な話題になりました。しかしそれもつかのま博物館でイギリス人を殴り倒したりしたのがたたって、いづらくなったのか日本に戻ってきました。しかし日本の学問の世界では、外国で学位ひとつとってきたわけでもない熊楠には冷たく、なかなか認められずに、和歌山県でまったく独力で研究を続けたのでした。

 これからしばらく、この熊楠の研究した「燕石」と「シンデレラ物語」を取り上げて、神話研究の新しい方向性を模索する試みをおこなってみたいと思います。「燕石」と「シンデレラ物語」のふたつの研究を通して、南方熊楠はきわめて未来的な価値を持つひとつの構想を語ろうとしています。つまり、極東にみいだされるフォークロアが、ヨーロッパのケルト文明の伝承にあらわれてくることの意味を、彼は時代にさきがけて思考したのです。

 熊楠は柳田国男などの民俗学者の見解とは違って、世界的分布をおこなう神話伝承がきわめて古い来歴を持つものだと考えました。ユーラシア大陸の両端にあらわれる神話的思考のあいだに、不思議な構造的一致がみられる。その理由はユーラシア大陸での人々の拡散が起こる以前の、たぶん中石器あたりの時代に、これらの伝承の原型が共有されており、そののちたがいが遠く離れた場所に生活するようになっても、基本構造だけは保存されたとみるような考え方だったと思われます。熊楠自身はそういう言い方はしていないのですが、彼の着想を見ていると、そうい構想があったとしか思えません。 』

 

 

中沢新一は、南方熊楠の研究した「燕石」と「シンデレラ物語」をもとに神話研究の新しい方向性を打ち出しているのだが、詳しい話は「人類最古の哲学、カイエ・ソバージュ氈v(2002年1月、講談社)を読んでいただくとして、ここでは中沢新一の言いたいことの筋道だけを紹介しておきたい。

 

ブルターニュ地方とウエールズ地方は、ケルト文明の伝承がいまも色濃く残っている。ケルト文明は、ヨーロッパに展開した新石器文化を土台にして、青銅器・鉄器時代にかけてヨーロッパの実に広い範囲にわたって発達していったのだが、ローマ帝国がこの地に進出してくるようにると、征服や混血や文化混交が進行していく中で、純粋な部分を保ったケルトの人々はしだいしだいにヨーロッパの辺境に追いやられていき、とうとうブルターニュ地方とウェールズ地方に残るだけとなってしまった。そういうケルト文明の伝承である「燕石」の話がアメリカ大陸の先住民の神話や伝承に見受けられるということを指摘したのは南方熊楠だし、そういうケルト文明の伝承である「シンデレラ物語」と似た話が中国の古い民族の伝承に見受けられるということを指摘したのも南方熊楠だが、神話の基本構造とその世界的広がりに着目し、神話のもつ哲学的な意味を世に問うているのは中沢新一である。中沢新一は次のように言っている。

『 竹取物語が書かれたのは九世紀、同じ伝承が現代のブルターニュにもあってかなり古い来歴を持つと推測されていること、また竹取物語と非常によく似た話が中国の少数民族である苗族やチベット族にも伝わっていること、などのことをあわせ考えてみますと、この燕石伝承は大変に古い来歴を持つ人類的な分布をする伝承だということが、わかってきます。 』・・・・と。

 

 

それでは次に、「シンデレラ物語」について、中沢新一の行なっている哲学的思索を勉強することとしたい。人類最古の哲学の勉強の始まり始まり!

 

Iwai-Kuniomi