劇場国家にっぽんと場所性

  
 

いろんな人たちがいろんな想いを持ってこの世を生きている。
そしてそういう想いが子供や孫に受け継がれていく。
人類に受け継がれていくのである。
しかも、そうやって人類に受け継がれていくものはやはり何と言っても「平和の思想」、「平和の哲学」に適うものが中心にならなければならないのではなかろうか。
 
 
私は「場所性」というものを重視したいと思う。
小説も良い。演劇も良い。歌も良い。芸術は全て良い。
「想い」というもの、「思い」というものが語られるからだ。

小説、演劇、歌などあらゆる芸術は、俳句、盆栽、絵画、写真などもそうだが、あらゆる芸術は、そういう「おもいを語る場所」である。
しかし、今、私がいっている「場所」とは、空間のことを言っている。
町の中の場所、地域の中の場所、川の中の場所、海の中の場所、島の中の場所、森の中の場所、山の中の場所、原の中の場所である。
そういう空間的な場所が、小説性、演劇性、歌性、俳句性、盆栽性、絵画性、写真性など・・・・芸術性を持たなければならないということを主張している。
町づくり、地域づくり、国土づくりにおいて、そういう芸術性が重視されなければならないということを主張している。
 
 
今、私は、「劇場国家にっぽん」というホームページを準備中である。ホームページ「劇場国家にっぽん」では、上に述べた・・・・そういう主張を展開していくとともに、私が今一番必要だと考えている三つのことをやっていきたいと思う。

ひとつは、私の関係する人たちのあいだにコミュニケーションがインターネットを通じてより盛んになることであり、このホームページがその「場所」を提供することである。特に、建設業のみなさんのコミュニケーションが今求められている。このホームページは、そういう意味で、建設業のためのものでもある。

二つ目は、町づくり、地域づくり、国土づくりにおいて、芸術性豊かな「場所」というものを創っていくため、具体的な政策の展開を図ることである。このホームページをそういう「場所」にしたい。建設業は地域とともにある。土木技術者は、地域を語り、「場所」というもの、「風土」を語らなければならない。このホームページは、そういう意味で、土木技術者のためのものである。

三つ目は、私が一番力を入れている「平和の国づくり」のために、我が国のどういう空間が芸術性を帯びなければならないのか、その例をいくつか、ほんの少ししか示し得ないとは思うが、私の気のつく限りいくつかの例を示していきたい。したがって、・・・・このホームページは、・・・・平和を考える、平和の哲学を考える・・・・すべての人々のためのものである。