私は、今までいろんな場面で唯識について語ってきたが、徳一を求めて「あこがれの会津」を旅しながら、分別知ということについて勉強すると同時に、迷いや悟りとは何か、あるいは心の仕組みはどうなっているのか、まあ何というか、唯識の心髄とでもいうべきもっとも大事な核心部分を学んだ。唯識は、混迷度を深める現代日本を救う力を持っていると思われ、私の提唱する「劇場国家にっぽん」の思想を支える大事な哲学でもあり、さらにはこれからの世界の新しい文明を切り開く大事な哲学でもあると思われる。
この際、下記において、唯識について、私の勉強の成果を整理しておこう。
5、唯識の未来性
7、現代の社会問題と唯識・・・唯識の現代性
私は、今、ようやく唯識でいう「分別知(ふんべつち)」を勉強する段階になった。唯識は、アーラヤ識とかマナ識というものを考えついたことで、その輝きを保っていると思われるが、それでは何故アーラヤ識とかマナ識とかを考えついたのか。「分別知(ふんべつち)」といものにしっかりメスを入れ、哲学的な思考を深めたからではないか。私も、「分別知(ふんべつち)」というものをしっかり勉強して、「劇場国家にっぽん」の構築に役立たせなければなるまい。
唯識は、現在性というか未来性をもっていると思う。私は強く感じるのだが、唯識は、この渾沌とした時代、未来を切り拓いていく力をもっており、これからの未来と繋がっていると思う。私は、現代は現代で、「分別知(ふんべつち)」というものにしっかりメスを入れることで大いに未来がひらけてくると思う。「分別知(ふんべつち)」を勉強するということは、私のように未熟なものであって、それはそれなりに役に立つ。「劇場国家にっぽん」の姿(かたち)が見えてくるのでなかろうか。大きな期待をもって「分別知(ふんべつち)」を勉強することとしよう。
私は、今までマナ識やアーラヤ識についてそれなりに勉強してきた。その復習みたいなことになるが、「唯識のすすめ」(1998年10月、日本放送出版協会)で述べている・・・「分別知(ふんべつち)」に関する岡野守也の説明・・・をまず聞いて欲しい。
『 まず「マナ意識」ですが、「マナ意識」とは、やさしい言い方に置き換えると、「自分というものがあると思ってこだわる心」です。これが「意識」と「五感」に続いて7番目の「識」になるのです。
人間の心の奥に、自分というものにこだわる心があること、つまり「マナ識」の発見が、人類の思想史・精神史上、唯識の画期的なポイントだと私は思っています。私は唯識を学んでこの「マナ識」という概念に出会ったとき、「そうか、人間の根本的な問題は、ある意味でいうと、すべてここに集約されるのだな」といった思いで理解したことを覚えています。
意識と五感は深層心理学でいうところの「意識」でありますから、これをひとくくりにして、唯識ではさらにその奥に、「命を維持しており、命に執着していく心の働きがある」と考えています。また、命を種に譬えて、「命の種を蓄えているような蔵のようなものだ」と考えています。蔵という意味のサンスクリット、「アーラヤ」という言葉を使って「アーラヤ識」と呼ばれています。これが心の底にある八番目の心の働き、識です。
以上、唯識では心を八識に分けて考えるのですが、「意識、五感」、「マナ識」、「アーラヤ識」というふうに、三つの層として捉えるのが判り良いかも知れません。』
さて、唯識では、心の働きというか動きを徹底的に考察し、「三性説(さんしょうせつ)」という・・・まあ言ってみれば認識の仕方を3通りに分けて考えているので、この点を勉強していきたい。以下に、「唯識のすすめ」(1998年10月、日本放送出版協会)から、岡野守也の説明の要点をピックアップする。
『 まず、「ばらばら」でありますが、ばらばらに分け、別れているものとして認識するという意味で、真諦三蔵の訳では「分別性(ふんべつしょう)」といいます。』
『 つぎに「つながり」でありますが、すべてのことはつながりによって起こつている。これは「縁起」と同じことですが、それをもの見方・世界のあり方の一つのパターンとして捉えたときに、真諦の訳では「依他性(えたしょう)」といいます。』
『 つまり、私たちはものを見るとき、まずばらばらというところから考え感じはじめるようですが、つながりがなければ何事も起こらないということもはっきりではなくぼんやりですが、何となくわかっている。指摘されると、ああそうだったなと納得はいく。でも、どちらが先かというと、まず自分があると思う。』
『 自分がまずいて、それが世界の中心のような気がしている。その自分の好き嫌いとか、価値観とか、そういうものが何か世界を計る物差しとして絶対に正しいかのような気持ちがあるようです。そういう自分および自分の好き嫌いや価値観を中心にして、人に接していると思うのです。』
『 ところが、そのようにものを分けて見るのは、全面的に間違いではないけれども、本質的な意味からいうと、やはりそれは間違い・妄想だというのです。』
『 よく考えてみると、私たちは各瞬間、各瞬間で必ずつながりによつて存在している。そのつながりによって存在していることは、私だけのことではなくて、すべての人や物について、全部どうもそのようですから、すべてのものがつながり、つながり、果てしなくつながっているようです。果てしなくつながっているということは、「区別はできるけれども、分離はできない」という形で「一つ」だということにならざるをえないのではないか。
果てしなくつながって、すべてのものが一つにつながっているということになると、つながっていない外側というのはない。つまり「一」に比較するもう一つ別の「一」がない。そうすると、そもそも数の基本になる「一」ということさえいえない。それが「O」「空」という表現になってくるということでした。
それが真実ではないか。これを真諦三蔵の訳では非常に端的に「真実性(しんじつしょう)」といいます。』
『 まとめてみますと、(1)私たちはものを見るときに、ばらばらというふうに見る、この見方が一つ。これが「分別性」とか「遍計所執性」といわれるものです。(2)それから、ものが、すべてがつながっている、つながりなしには何も起こらないという側面、これが「依他性」あるいは「依他起性」です。(3)それからもう一つ、本当はすべては「一つ」というか「空」ということ、これが「真実性」あるいは「円成実性」ということです。これが唯識の「三性説」です。』
如何であろうか? 唯識の三性説(さんしょうせつ)は、岡野守也がいうように、「ばらばら、つながり、一つ」と覚えておくのが良い。私は、「バラバラで一緒」ということをよく言う。これは・・・蓮如上人の500回御遠忌のときのキャッチフレーズになっていた言葉だが、現在の浄土真宗がどのような教義にのっとりそういうキャッチフレーズを打ち出したのか? 私にはよく判らない。山折哲雄が言うように(「蓮如と信長」、1997年12月、PHP研究所)、浄土真宗が蓮如によってまさに世俗化したということなのであろうか。あらゆる宗教が世俗化した今日、宗派を超えて、唯識の三性説のことを言っているように思われてならない。であれば結構なことである。
「バラバラで一緒」・・・という蓮如上人の500回御遠忌のときのキャッチフレーズは人と人との関係を言っているのだろうと思うが、私は、唯識の三性説が教えるとおりものごとすべからくがそうだと思う。
私は先に、「森元総理は神の国発言で国民の失笑を買った。小泉総理は靖国神社問題で国民の失笑を買った。そして、福田官房長官を中心に検討された戦没者追悼施設の構想もまた国民の失笑を買う結果となってしまった。この構想が実現する見込みはほとんどない。構想が未熟で失笑のしろものであったからだ。」と言った。では、靖国問題はどうすれば良いのか。
唯識の三性説の教えるところにしたがってというか、まあ唯識的にというか、「バラバラで一緒」ということでやれば良い。すなわち、戦没者追悼施設は、無宗教の施設としてつくるのではなく、宗教施設としてつくれば良い。何となれば、祈りというものは、本来、宗教的なものである。宗教的でない祈りというものもあるという意見もないではないが、通常はそうである。したがって、戦没者追悼施設は宗教的な施設である方が自然である。ただし、そこには多くの団体が、神道でも、仏教でも、キリスト教でも、儒教でも、何でも良いから祈りの施設をつくれるように、包括的な大規模施設にする。「バラバラで一緒」の精神でやれば良いのである。それが「劇場国家にっぽん」の考え方だ。多は一であり、一は多である。いろんなものがごちゃ混ぜにあるが、戦没者を祈り平和を祈るという施設という点では一つにまとまっているのである。
今、こんなことを考えながら、会津を旅してきた。会津は神々の国である。いろんな神がまさにごちゃ混ぜにある。
なお、私は前に、京都大学100周年の記念講演で河合隼雄が「挙体性起(きょたいしょうき)」ということについて話をしたものを紹介した。そして、その中で次のように結んだ。
「近代科学は、普遍性を求めるものであり、したがってあらゆる存在の明確な区別、言い換えれば、関係性の截断が必要である。華厳宗というものは、そういう近代科学の原理とは全く違うことをやったのであり、近代科学が否定した関係性を重視する。全関係の総和としての存在というものは、名前がつけられないから「無」と言わざるを得ないが、華厳宗ではそれを「挙体性起(きょたいしょうき)」という。生け花というものは、存在が挙体性起(きょたいしょうき)するもっともいい形を求めるものであり、そういう意味で、「存在が花している」のである。こういう日本文化の存在論からすると、存在の現れとしてそこに花がある。すべてのものは存在から出てきた。私は、存在が岩井國臣しているのである。」・・・と。
ここで、全関係の総和ということを言っているが、この関係性を重視するという思想は、華厳宗もさることながらもともと唯識のものである。まあ、私の考えでは、華厳宗も唯識も同じようなものだ。東大寺も興福寺もまあ大体同じような子のだ。したがって、私の認識から言えば、徳一と明恵は密接不可分に繋がっている。また、空海は東大寺の特別教授をしばらくやったことがあって、東大寺は空海の影響を極めて強く受けているが、その点から言っても、空海と明恵と、それに徳一は不思議な糸で繋がっている。
今、こんなことを考えながら、会津を旅している。会津は、徳一と空海が共働して作り上げた世界に誇る仏教の聖地である。
さて・・・さらに、岡野守也は、智恵の成長について、次のように説明している。なかなかのものだ。まことに解り良い・・・。
『 唯識以前の仏教用語と関わらせていうと、一あるいは空ということを見る、つまり分別されない世界を知る智慧ことを「無分別智(むふんべつち)」と呼んできました。翻訳しないで、そのまま漢字に写したのが「般若(はんにゃ)」という言葉で、「般若」=「無分別智」です。「般若の智慧」=「無分別智」をしっかり体験して、区別さえない「一つ」というものの見方を元に、「区別されながらつながっている」世界を見ていく。本当は一つで、区別されながらつながっていることを日常用語で表現するには、「それぞれ」という言い方がいいでしょう。「一つ」を体験する般若の智慧を得た後で、もう一回「それぞれ」ということを見ていけるようになった智慧は「般若後得智(はんちゃごとくち)」と呼ばれます。
ですから私たちは、「悟りとはいわくいいがたいものだ」と考えがちですが、唯識ではいちおう理論でいえるわけです。まずふつうの人間のばらばらの「分別知」があります。その「分別知」が、実はこういうわけで迷いだということを理論的にそれなりに納得してくると、「無分別智」の体験をしなければいけないという気持ちが起こつてきます。無分別の体験をすると、深い意味では「一つ」、「一つ」とさえいえないから「空」ということを実感する。しかしその後でふつうの意識に戻ると、それはただ何もないことでもなければ、何の区別もないことでもない。しつかりとそれぞれの区別はあって、本当こ深くつながり合っているということを知る「般若後得智」に達する。
人類全体の智慧の進化も、分別のできない混沌状態から少しずつ分別ができるようになっていく。しかし分別しているだけでは世界の本当の姿が見えないので、無分別の世界を知って、そしてただ無分別だとやはりまともに暮らしていけませんから、もう一度区別のある世界に戻ってきて、「般若後得智」で生きる、というふうに智慧が進化・発展する。そのプロセスが人類史なのではないでしょうか。
そして今、現代は「分別知」が非常に発達して、限界に達している。だからこそ「無分別智」を獲得し、さらに「般若後得智」を獲得するというふうに、人類全体の智慧のレベルが進化しなければ、これ以上前に進めない。人類は、そういう歴史の段階に達しているのではないか。そしてそういう時代だからこそ、「唯識」が長い間、専門家だけのものであったのが、次第に市民のものになりつつあるのではないか、そんなふうに思っています。』
註1:「唯識のすすめ」(1998年10月、日本放送出版協会)で述べている・・・「分別知(ふんべつち)」に関する岡野守也の説明は、第5章 心の仕組み・・・四と八の話である。全文はここ!
註2:岡野守也の著書・「唯識のすすめ」(1998年10月、日本放送出版協会)の「第4章 迷いと悟り 三の話」がこの「分別知(ふんべつち)」に関する章です。おおむね大事なところは紹介したつもりですが、全文はここ!
註3:京都大学100周年で行なった記念講演で、河合隼雄は「挙体性起(きょたいしょうき)」に触れ、現代科学と全く違うことを華厳宗はやった。融合の哲学、それが華厳哲学であるが、関係性を重視する思想はもともと唯識のものである。かかる観点から言って、華厳宗と法相宗は親戚みたいなものである。河合隼雄の特別講演のエッセンスはここ!
ゴールデンウィークも半ばです。今年が第六回目になりますが、国会議員の日韓友好親善囲碁大会がが5月1日にあり、行って参りました。最近、韓国には反日法という法律ができ、はたして友好親善のムードが今までどおり維持されているのか、やや心配しておりましたが、今のところ、そんな気配はなく、和気あいあい友好親善の実を収めることが出来ました。ありがたいことです。
今後、世界平和のリーダー役を務めなければならない日本は、韓国を善きパートナーとして大事にしていかなければなりません。私は、かって河川局の現職時代、日韓河川会議でいろいろとお手伝いをしたこともあり、韓国はまんざら知らない国ではありませんので、今後、韓国との友好親善にはそれなりに力を尽くしていきたいと考えております。
私は、海外の経験が少ない方ですが、アメリカと韓国とマダガスカルとはできるだけ良い関係を持っていきたいと考えておりますが、中沢新一のいう「環太平洋の環」を大事にしたいのです。中沢哲学を「東北」で実践したいと考えているのです。そして、「東北」の人たちを日本の農山村に来てもらって、その活性化を図りたいと考えているのです。日本全体としては、今後、積極的な移民政策を採っていく必要があると思います。
ちょうど国会では、入国管理に関する議論が行なわれており、私はいろいろと勉強をし、法務委員会でも質問をしました。第一回目の質問はここ、第二回目の質問はここをクリックして下さい。実際の質疑については、国会会議録の検索エンジンで検索できますので、興味のある方はそれを御覧下さい。私の思いは、今後、わが国は積極的な移民政策を採るというところにあります。
国連のアナン事務総長は、「国々は、不法移民を食い止めるため協力する必要がある。しかし、不法移民対策はもっと広範な戦略の一部であるべきだ。国家は、合法的移住のための道筋を示すべきであり、移民の基本的人権を尊重しながら、その恩恵を生かす努力をすべきである。貧しい国々もまた、移民からの恩恵を受けることができる。移民たちは02年1年間に少なくとも880億ドルを途上国に送金した。その額は、途上国が開発援助として受け取った570億ドルを上回るものだ。各国は新参者を社会にどう組み込むかにもっと取り組む必要がある。移民をとけ込ませる創意に富んだ戦略があってはじめて、移民たちは社会を不安定にする以上に社会を豊かにする。」と述べております。日本は、積極的な移民政策を通じて、国際貢献をすると同時に、わが国の発展と世界平和の実現を目指さなければならないのであります。
さて、この世界平和と国際貢献という問題に関しましては、丁度うまい具合に憲法調査会で意見をいう機会がありましたので、私の日頃考えているところを短時間ですが申し述べました。ODAについては積極的に取り組む必要がありますが、憲法調査会での意見陳述は、その必要性を述べたものです。なお、今回の国会から始めて行なわれた・・・予算審議に先立っての決算委員会では、私が代表質問に立ち、主としてODAについて、1時間、全閣僚を前に質問をしました。
連休明けは、10日に決算委員会がありますが、また忙しくなりそうです。私は決算委員長を一年ほど前に降りていますが、目下、与党の筆頭理事をやっていますので、何かと大変です。来週の5月12日には法務委員会で「裁判員制度」について質問に立ちます。
以上、近況を御報告しましたが、私のホームページ「桃源雲情」の目下のテーマは「劇場国家にっぽん」であります。その方は、目下、国会活動に忙しいということもあってややスローダウンしています。しかし、まだまだ「劇場国家にっぽん」でやりたいことが一杯あります。
わが国は、「違いを認める文化」というものを持っております。その一つの証拠を、私は、徳一と最澄の宗教論争に見い出しており、今まで、徳一を追ってきました。そして、唯識を勉強して参りました。その続きとして、華厳哲学を勉強しなければなりません。明恵と法然の宗教論争についても勉強しながら、明恵を追いたいと思います。さらに、私は、明恵の「あるべきようは」に、「歴史と伝統・文化」を生きるわが国の生き方というものを見ており、「あるべきようは」の思想を勉強しなければならないと考えております。また、「東北」を旅しながら、中沢新一のいう「対称性社会の人類学」を勉強しなければなりません。「世界平和の原理」の裏打ちをしなければなりません。さらには、全国の川を旅しながら、川と地域の問題を考えて参りたいと思っています。サステイナブルコミュニティーの問題を考えて参りたいと考えております。やることが一杯あるのです。
しかし、「平安遷都を訪ねて」の旅と「武家社会源流の旅」、そして今回の「劇場国家にっぽん」の旅を続けてきて、このゴールデンウィークを境に一区切りをつけたいと考えます。「劇場国家にっぽん」の旅はまだ途中ですが、とりあえず、今までの成果を、といってもその一部ですが、一冊の本にまとめたいのです。ほぼ作業は終わりました。「徳一」と「あこがれの会津」のところで一応一区切りをつけたいと思います。いずれ時期を見て只見川を旅したいと考えていますが、とりあえずは、一区切りとさせていただきます。今後の旅と「劇場国家にっぽん」がどのような最終決着を見るかはお楽しみです。乞う御期待!
先だっての毎日新聞(2004年4月17日)に南米のコロンビアの先住民族活動家であるバルタサル・メチャさんの投書が掲載されていた。エムベラは中沢新一言うところの「東北人」である。さあ、それでは「東北人」の話をよく聞いてみよう。
『 コロンビアの西部、チョコ州に暮らす先住民族、エムベラ(考える人の意)には古くから「日本人は我々のいとこだ」という言い伝えがある。口承文化の我々に古文書はないが、エムベラの先祖は東アジアから大平洋の島を経てこの地に来たという神話がある。エムベラの人びとは日本のニュースを聞くたびに、ある種の親しみと懐かしさを覚える。
我々がスペイン人の侵略やカトリックに改宗した黒人住民の搾取に500年間も耐え、言語を守り通したのは、強い信仰があったからだ。
神々は川に石に木に宿る。人間も自然の一部であり、自然を壊すことは許されない。人間が吐く言葉は単なる伝達手段ではなく、そこには「自然界の根源」を意味する魂がある。魂は人の死後、木や魚に宿り、生き続ける。こうした信仰をもとにした我々の信条は正直さや透明さと心の優しさだ。復しゅうという考えはなく、人は個人でなく集団として生きなくてはならない。
1512年、スペイン人がこの地にやってくると、我々の信仰は彼らの絶対神という考えと衝突した。神は一つのいう考えはウソとしか響かず、我々は20世紀末までただ耐え黙り続けた。調査に来る白人に言語や文化を教えず、改宗よりも自殺や殺される道を選んだ。エムベラら周辺の代表的な5部族は16世紀始め、10万人を数えたが今は5万人しかいない。全員が集団自殺し、「石の人びと」と呼ばれる部族もいた。
1991年、政府が法的に先住民の存在、権利を認めたのを機に、我々ははじめて声を発した。今は、エムベラ出身の議員が上下両院合わせて9人いる。
しかし、先住民言語の大学設立などの教育や衛生面は遅々とし改善されない。40万人が暮らすチョコ州では今もマラリアで毎月、人が死ぬ。そして左翼ゲリラと右派民兵が衝突する度に我々は巻き込まれる。政府はゲリラ討伐に忙しく、いまだにわれわれの存在を無視し続ける。
先住民が救われるにはさらに500年かかるという説もある。コロンビアの大平洋岸の道のない地に我々はいる。遠い親戚、日本人にそれを知ってもらいたい一心でこれを記した。』
以上ですが、この際、関連の勉強をしておきましょう。
まず、コロンビアについては[益岡賢さんのページ]をさっと見るだけで、如何に大変であるかが判るでしょう。やはりアメリカの力がないとコロンビアは救われないのではないでしょうか。
中沢新一いうところの「東北人」は次の「FirstPeoples」という詩がまあ感じを掴んでいると思います。ではゆっくり味わって下さい!
圓蔵寺の裏庭は、本堂の裏のさらに一段高いところにある。庫裡(くり)や信徒会館の他、宝物殿やいろんな記念碑が建っている。中でも私の目を曵いたのは、一つは人形塚であり、一つは龍蔵大権現の社である。
人形塚は、こけし人形のようでもあり、男根のようでもあり、建立の趣旨を聞いてみないと何とも言えない。こけし人形だとしても、男根を兼ねるような意図が隠されているとしたら、面白い。縄文の名残りが残っていることになる。もっともこけし人形そのものがそうなのだが・・・・。
龍蔵大権現は、この圓蔵寺の鎮守の神様である。神仏習合の形が現れていて、これまた面白い。神社には神宮寺がつくられ、寺院には鎮守の神が祀られる。前庭には「撫で牛」がたくさんいたが、まあそういう融通無碍のところが面白いと思う。
私は、人々の心を突き動かす動機となり得る・・・文化的な価値観が必要なのだと思う。
文化的な価値観を蘇らすには、コミュニティーの再生が不可欠である。
地域的なコミュニティーは農山村でしか再生できない。都市では職業的なコミュニティーと趣味的なコミュニティーの再生を図るべきである。それらのコミュニティーがインターネット時代においてどう世界と結び付いていくのか。これはこれからの課題だが、日本は、「違いを認める文化」という日本のアイデンティティーを大切にし、新しい挑戦に踏み出すべきだ。
たしかに、現代の「ニヒリズム」は日本にも蔓延している。コジェーヴは、「歴史の終焉」を日本に見たらしい。しかし、コジェーヴは間違っている。そんなことはない。世界における日本の歴史はこれから始まるのである。
そのためには、国際日本文化研究所の安田善憲教授が提唱する「ドラゴンプロジェクト」を下河辺淳の流域圏構想の代わりに具体化させることが必要である。安田善憲教授は、21世紀のライフスタイルについて、「心豊かに、ゆったりと暮らす」・・・・と言っている。すばらしい。桃源郷に暮らす夢、それは縄文への憧れでもある。
中沢新一流に言えば「東北」への憧れだ。そのプロジェクトは、下位計画として、過疎の各集落を「大畑原則」によって再生していけばいい。サステイナブル・コミュニティーの誕生である。
地域的なコミュニティーが職業的、趣味的なコミュニティーとつながって、世界につながっていく。日本の新しい歴史がはじまるのである。
私は、今まで「平和の原理」を見い出すためにいろいろな旅を続けてきた。それは「歴史と伝統・文化」に根ざした平和な日本であることを夢見てのことであるし、また精一杯の国際貢献を通じてわが国が世界のなかで名誉ある地位を築いて欲しいと願ってのことである。「平和の原理」は、わが国の「国づくりの原理」である。「平和の原理」というものを意識しながら、私は「劇場国家にっぽん」というものを提唱しながら、いろんなところで「両頭截断」、或いは「対称性社会」ということをいってきた。 現在の「非対称性社会」を何とか変えたいと思うからである。日本は、「違いを認める文化」という日本のアイデンティティーを大切にし、新しい挑戦に踏み出すべきだ。再度申し上げる。地域的なコミュニティーが職業的、趣味的なコミュニティーとつながって、世界につながっていく。そのことによって、日本の新しい歴史がはじまるのである。「劇場国家にっぽん」、それは「対称性社会」にほかならない。家族や地域の重要性を見直し、魂に触れる「対称性社会」を取り戻さなければならないのである。
風樹茂は、今子供達をも蝕んでいる現代の「ニヒリズム」とともに、ホームレス問題にひそむ現代の「ニヒリズム」についてもその本質を鋭くついているが、この際、ホームレス問題についての彼の見解を紹介しておく。「劇場国家にっぽん」の大きな課題と思うからだ。
『 なんとも不思議な光景である。これが先進国といわれる国なのだろうか。1箇所にこれだけの数のホームレ スが集まっているのは、訪れたことのある限りの20数カ国では、見たこともない。インドのカルカッタよりも ずっと多い。頭の中にみるみる疑念が沸いてくる。
確か国際協力事業団のパンフには「我々先進国の人間は、ヒューマニズムの観点から途上国に対して無関心 ではいられない」とある。だが寡聞にも、日本の政治家たちや官僚、とりわけ大蔵官僚たちが、ここの現状を 視察に来たとは知らない。
海外には、1兆億円もの援助をしている。この国は、まるで外見が大事とばかりに破産した肉親は見向きも せずに、町内会一の寄付金を贈与する、馬鹿一家のようである。
会社をリストラされた筆者は、三歳の息子といっしょに、似たもの同士の境遇にある彼らと交友を結び、そ して彼らをとりまく人々と接した。ホームレスの中には、会社の元社長もいれば、元船員もいれば、出稼ぎの日系人もいれば、修業僧もいる。 様様である。また彼らを取り巻くのは、ダフ屋、公園の管理者、炊き出しをする韓国系のキリスト教会な ど...なにかしら公園は共和国のような独立した空間を作り出している。 』・・・・・と。
風樹茂は、その著「ホームレス人生講座」(中央新書ラクレ、2002年11月)の中で、ホームレスを「無縁地獄」といい、「縁」というものを重視している。特に、家族の縁(血縁)や地域の縁(地縁)の重要性を指摘している。私も全く同感で、「無縁地獄」からホームレスを救うのは、対症療法はともかく、根本的にはやはり家族や地域の重要性を見直すことであると思う。ホームレス問題にひそむ現代の「ニヒリズム」は「劇場国家にっぽん」の大きな課題である。家族や地域の重要性を見直し、魂に触れる「対称性社会」を取り戻さなければならない。「歴史と伝統・文化」を生きるわが国らしい日本を早急にとリ戻さなければならないのである。
圓蔵寺は、会津でもっとも人気の高いお寺である。参拝客がもっとも多い。特に、1月7日の裸詣りは、天下の奇祭として大人気で、多くの信者が集まってくる。
圓蔵寺には、一般にはあまり馴染みがないが、虚空蔵(こくうぞう)が祭られている。
会津は柳津(やないづ)の虚空蔵は、正式には福満虚空蔵菩薩というが、どうもこれが全国随一のようだ。古さも全国有数で、創建は1200年前の807年というから中途半端ではない。
かの徳一によって創建された。徳一は、会津で数多くの立派な寺をつくっている。有名なのは、恵日寺と勝常寺だが、その他に、会津高田の法用寺や仁王寺、西会津町の妙法寺や勝善寺、只見町の成法寺、そしてこの柳津には圓蔵寺のほかに光泉寺がある。その他各地に立派な寺をいくつもつくっているが、どうもこの圓蔵寺がいちばん人気があるようだ。
お寺自体も立派である。まずは、お参りをするとしよう。 では、出かけるとするか。
中央薬師とは、勝常寺のことである。会津盆地のほぼ真ん中に位置しているのでそう呼ばれている。会津若松は会津盆地の南東の山際にあるので、中央薬師は会津若松から見て北東にある。そういう位置関係である。
なお、会津盆地の地理を大雑把に言えば、阿賀野川は、中央薬師のすぐ西側を流れ、やや北のところで猪苗代湖から流れ出る日橋川を合流するのだが、その二つの川が形づくる逆Y字が会津盆地の南半分を斜めに流れている格好になる。喜多方は会津盆地の北端にあり、阿賀野川とはかなり離れている。喜多方付近では、いくつかの河川が南流してやがて阿賀野川に合流する格好だ。湯川村は逆Y字のへその部分にあるが、さらに中央薬師は湯川村の西端、阿賀野川の畔にある。湯川村からみれば、すなわち中央薬師から見れば、会津坂下は川向こうである。会津若松に降った雨はすべて湯川村に流れ、やがて阿賀野川に出る。中央薬師から見て、大雑把には、北側に喜多方、南側に若松、西側に板下があるが、それぞれ水系が異なるのである。中央薬師から見て、若松は同じ水系のこちら側にあるが、喜多方は北の川向こうであり、板下は西の川向こうにある。
このように、勝常寺は会津盆地のほぼ真ん中にあるので、中央薬師と呼ばれているのである。街道から離れた、まあいえば田んぼの真ん中みたいな・・・誠に不便なところにあるのだが、何故、勝常寺はそんな不便なところにできたのか。
足で稼ぐという言葉があるが、本当である。歩かないと目に見えないけれど歩くことによって思わぬ巡り逢いに出くわすことがよくある。昨日の会津のユースホステルもそうだった。一生のうちのとても得難い経験をさせてもらった。伊佐須美神社の御利益だろうか。伊佐須美神社の参拝が終わって、会津高田の街を歩いていたら、思わぬ・・・しかも誠に得難い出会いが二つもあった。
当時(大和朝廷が盛んに東北経営をやっていた頃)の主たる移動手段は水運である。大平洋は黒潮の流れが難しく、東北経営を考えた場合、鎌倉が最先端の中枢都市であった。軍事拠点は、そののち筑波、いわき、多賀と移っていくが、目的が達するまで、鎌倉が東北経営の中枢拠点であることはずっと変わっていない。一方、日本海側は、冬の荒海は別として、それ以外は穏やかな内海であり、湊となる潟も多い。もともと海上交通に恵まれているということだ。縄文時代から海上交通は盛んで、特に出雲と姫川の結びつきは相当に古い。安曇海人が姫川を遡って信州は安曇野まだ進出しているのもそのことによる。したがって、太平洋側がまだ鎌倉にとどまって筑波まで進出していない段階で、朝廷の支配は越後まで及んでいた。
その当時、日本海側と太平洋側との連繋は、越後と板東との繋がりがやっとのことであった。その人や物資の行き来は、秩父を中心として、荒川、千曲川、信濃川のラインがなんとかあったらしい。こういうと大抵の方は吃驚されると思うが、どうも事実らしい。秩父はご存知の方もおられると思うが、関東発祥の地である。秩父産の板碑が越中(えっちゅう)に見られることは見られるし、秩父産の石棺が上総(かずさ)にも見られる。秩父盆地には、日本武尊の伝承がすこぶる多いし、御承知のように、三峯神社は日本武尊との関係が密接である。東京湾以北は、まだ日本海に抜けるルートはない。もちろん軍隊が・・・という意味であって、一般の商売人たちが行き来するルートはいろいろとあったことであろう。ただし、関東平野にある3本の鎌倉街道の一番西側のものは秩父を通るものであって秩父が重要な拠点であったことは覚えておいて欲しい。それと同じように、川を中心に考えたとき、秩父を中心とした荒川、千曲川、信濃川というラインより北で・・・・どのようなラインが考えれられるのか。東北経営のためには、どうしてもそういう川を中心とした軍事ラインを考えねばならない。それはどこか。軍事ラインでなくてもいい、皆さんなら、東京から新潟に行くのにどう行くか。もちろん歩いて・・・。現在の鉄道や高速道路はない・・・。さて、新潟に行くにはどう行くか。
会津高田ではユースホステルに泊まった。そのいきさつはこうである。
明日の行程を考え今晩は会津高田の駅前に泊まろうと思い、ともかく会津若松からバスに乗って会津高田まで行った。ところが、会津高田の駅前というのはほとんど何もなく、旅館なんてものはもちろんない。会津若松行きの列車やバスは相当待たなくてはならない。さて困ったものだといささか不安になりながらふと駅の待ち合い室の壁を見ると、会津野ユースホステルの案内が目にとびこんできた。さっそく携帯電話で今晩泊れるかどうかを聞いてみたら、本日は空いているのでどうぞ来て下さいとのことであった。ほっとした。ユースホステルは会員制であるので、泊めていただけるのかどうか心配だったが、空いているので1000円を余分に払えば泊めていただけるとのことである。聞いた道順にしたがって30分ほど歩いていけばいい。そうは思いつつも、真っ暗な田舎道を歩いていると、だんだんと不安になる。何だか30分が長くて、途中、集落らしいところに入ってもあるはずの案内板が見当たらないし、だんだんと心配になってきた。携帯電話をかける。そうしたら、「今あなたのいるのは寺崎という集落だが、私のユースホステルはそのはずれにある。もう少し歩いて下さい。」とのことで・・・・、あとは無事にたどり着いた。
知らないところで、真っ暗の中、一人旅はやはり不安なものだ。しかし、あとで思うと、そういう不安な経験が大切なようである。山の単独行もそうである。不安な思いとか苦しい思いとかがあとで良い思い出になっている。であるから、旅をしながら不安や苦しみを味わうことがどうも必要なことのようである。楽な旅ばかりが旅ではない。
今から想うと夢のような楽しい旅でした。
恵日寺を訪れ、磐梯山恵日寺資料館を見終わったところで、「後戸」(うしろど)の哲学者中沢新一に導かれるまま、丸石道祖神や未来のスピリットについて勉強をしてきた。そして、先ほどは、「築土構木」の掲示板「自由の広場」に・・・「まやかしの人権」と題して・・・・人権に関する現在の風潮に大いなる疑問を呈したところである。
私がいう「違いを認める文明」というのは、誤解がないように言っておくが、「違い」をそのまま固定しようということでは決してない。その逆である。つまり、弱肉強食の論理でなく・・・・、「弱者の立場というものを認めよう!」ということである。
強者の論理で弱者を切り捨ててはならないのだ。個人レベルでも国レベルでもそれぞれの立場なり個性というものがあるのであって、私たちはそれを尊重しなければならない。それぞれができるだけ自由に生きられるよう・・・・みんなで助け合っていかなければならない。平等な生き方を求めて・・・国はもちろんのこと個人レベルにおいてもみんなが努力をしていかなければならないのだ。
さあ、それではふたたび恵日寺を訪れ、一気に恵日寺の境内を見て回ろう。そののちに会津の旅が待っている。
ラカンによれば、フロイトの無意識について、「無意識は一つの言語活動として構造化されている」ということである。そして、ラカンによれば、主体というものは、自己自身について語りつつ、知らず知らずのうちに他者となり、「他者の欲望」をもって自己に近づくという。このことは、主体について語り合っている「他者の言語」の中へ自己を疎外することによってのみ、主体が、自己について話すことのできる人間主体となりえないという根本規定を露呈させる。ラカンが鏡面段階論において示したように、他者への自己疎外は主体の形成にとっての構成要件であり、主体ははじめから分裂した構造をもって出発する。
岩波の哲学・思想辞典にはそんなことが書いてあるが、まあむつかしい。むつかしいが、大雑把にこれを理解するとすれば、人間というものは、要するに、要するに・・・だ、要するに、生れてから不完全なままというか偏ったまま出発しているので、真実はどうしても言葉では語れない・・・・ということらしい。中沢新一の説明によれば、トーラスの中空の穴は、人間の知恵ではこれを埋めることはできず、スピリットの活動によってのみこれを埋めることができるということである。まあ、この点についてはこの程度にしておいて、岩波の哲学・思想辞典から、ラカンの鏡面段階論を紹介しておこう。
生後6〜18ヶ月の乳幼児は、神経系の未発達のために、神体感覚とくに自己受容知覚の統合を経験しておらず、<寸断された身体>の状態を生きている。これに比較して視覚は早くから発達するため、鏡に対面した乳幼児は、彼自身の映像と世界の映像の光学的関係の諸知覚を処理して、から自身の像を世界の中での特権的な地位を占めるものとして認知する。こうして視覚的に先取りされた像の上に、自己の能動性の中心、或いは自我(私)が発生する。なお、理想として自我が設立されるこの虚の次元は、必ずしも鏡そのものによってではなく、母の体、他者の語り合う声など、主体の属する世界の中で主体に一定の統合性の認識を与える様々な培地によって構成されうると考えられる。
この構造は、他者との関係が人間主体の本質であることを意味するばかりでなく、同時に、本来的自己の復権を社会に対して要求する<パラノイア>的な病苦を基礎づける。ラカンによればこの復権要求といわゆる人格とは切り離しえないものであり、後年彼は人格とはパラノイアであると言い切っている。
以上がラカンの基本的考え方であり、自己実現の基本は、他者とのコミュニケーション、すなわち響き合いであることを言っているのである。
私はこのラカンの考え方を基本として、「劇場国家にっぽん」の構造をつくりあげたいと考えている。人間は、言語で真実を語りきることはできない。どうしても「真実を語りきれない空洞の部分」が残る。これがトーラスモデルだが、ラカンが言うように、人間というものは、誰しもその<パラノイア>的な病苦、つまりトーラスモデルでいえば「真実を語りきれない空洞の部分」を持っているのであり、本来的自己の復権を社会に対して要求しているのである。社会はそれに応えなければならない。「劇場国家にっぽん」というのはそのための国家像そのものに他ならない。トーラスモデルの真ん中の空洞、つまり「真実を語りきれない空洞の部分」を埋めるためには、市場経済のゆき過ぎを緩和し、わが国の歴史と伝統・文化を継承していくことがもっとも肝要である。
市場経済のゆき過ぎを緩和し、わが国の歴史と伝統・文化を継承していくためには、他者とのコミュニケーションを助長する政策を積極的の講ずるべきである。他者とのコミュニケーション、それは場所とのコミュニケーションと人とのコミュニケーションの二つに分類されるが、それらはラカンのいう「他者への自己疎外」を穴埋めするものでなければならない。そして、「他者への自己疎外」を穴埋めするということは、中沢新一によれば、スピリットの活動そのものに他ならないのである。その基本は、場所については「失われた自然の回復」であるし、人については、「贈与経済への参画」、つまり「NPO活動」である。
国民はできるだけ自然を体験する必要があり、そのためのインフラ整備が重要である。もっとも緊急にやらねばならないインフラは、休暇制度である。できるだけ数多くいろんな自然を体験できるように現在の休暇制度は緊急に改めなければならない。もちろん自然そのものの保護または保全を図りその利活用を図ることは重要である。原始の自然はこれをできるだけ保存すると同時に、身近な自然をできるだけ保全してその利活用を図るべきだが、特に、全国的なエコロジカルネットワークの形成と高速交通体系の整備は、それらインフラ整備の根幹となるものである。
今回ここでは、「NPO活動」のことについてはあえて触れない。NPOの問題については天皇制と密接不可分な関係があり、社会システムの基本となる天皇性についてはまだそれを語る段階にきていないからである。できるだけ早く天皇性についても私の考えを明らかにしたいが、今回ここでは、「NPO活動」もスピリットとまったく同じレベルの・・・心に関連する問題であるというか、まあ・・・いうなれば「創造の空間」の問題であるということだけを申しておきたい。
では、中沢新一の著書(「カイエソバージュ「、神の発明」、2003年6月、講談社)をお手本とするスピリットに関する一連の勉強をひとまとめに整理しておこう。
2、神(ゴッド)
3、スピリット
6、一神教の誕生
8、一神教のまやかし
9、未来のスピリット
今まで私たちは、長い時間をかけて勉強してきた。スピリットとグレートスピリット、高神(たかがみ)と来訪神(らいほうしん)とは何かを勉強してきた。そして一神教がどのようにして誕生してきたか、そして一神教の誕生、それは一神教革命と呼ぶにふさわしいのだが、そのことが持つ意味を勉強してきた。まだ、キリスト教の問題については一切触れていない。イスラム教とキリスト教のどこがどう違うのか、その点については一切触れていない。この問題は現代を解明するために極めて重要な問題であり、中沢新一は、その問題についても明確な考えを持っており、彼のほんの随所に出てくるのであるが、今私の最大の関心事である「劇場国家にっぽん」とは直接的には関係しないので、ここでの勉強はあえて割愛する。ここでは、キリスト教やイスラム教の区別をしないで、ともに一神教ということで批判の対象とする。そして、私は前回、「一神教のまやかし」ということを言った。
「一神教のまやかし」というのは、ちょっと穏やかな言い方ではないが、神(ゴッド)の知性といえども、結局は、人間の知性を意味しているので、そんなものはそもそも・・・・信頼に耐え得ないのではないか。それをあたかも全能の神が言っているかのごとく人間がいうのは、まさに「まやかし」ではないのか。私はそう思うからだ。そして、ここがいちばん大事なところだが、「神(ゴッド)は死んだが、スピリットは生きている。」とも言った。スピリットの存在を強調するためであっても、そういう言い方は不遜な言い方ではないか。そうとも思うのだが、やはり神(ゴッド)は、たとえ数世紀を生きつづけるとしてもやがては死ぬ運命にあるのではなかろうか。あるいは、大いなる変身を遂げると言ったほうがいいのかもしれないが・・・。
いずれにしろ、一神教の国においてもスピリットがふたたび動き出すのではないか。ということは、完全に切断されたメビウスの帯がふたたび接合されて、メビウス縫合型の世界が拡大していくのではないかと思う。特に、アメリカでは、今でさえすでに「ダイバーシティー」ということが言われ始めているのであり、私は・・・・、中沢新一のいう「環太平洋の環」の影響を受けて、その可能性が強いように思う。私は、今アメリカで広まりつつある思想「ダイバージョン」、そこに希望を持ちたい。日本はアメリカとの同盟をより発展させて、「違いを認める文化」を広めていかなければならない。アメリカと日本の同盟がよく発展していけば、やがては「違いを認める文明」が世界に芽生えてくるにちがいない。その地平を切り拓くのは、アメリカと日本に共通の未来のスピリットたちである。今世界平和のために必要なことはアメリカと日本の同盟である。アメリカのスピリット、グレートスピリットも含めて、アメリカのスピリットに希望を持つこと、すなわち、アメリカと日本に共通の・・・・未来のスピリットたちに希望を持つことだ。私は、未来のスピリットに希望を持ちたい。
中沢新一は、その最新の著書「精霊の王」(2003年11月20日、講談社)の中で、田辺元の哲学を「後戸の哲学」として絶賛をしている。輝かしい光を放っている前面の哲学者はいうまでもなく西田幾多郎である。しかし、田辺元という「後戸の哲学者」がいないと世界を変えるエネルギーは発生しない。世界を変える実践のためには「後戸の哲学者」が不可欠なのである。中沢新一はそう言っている。私は、中沢新一こそこれからの世界をリードする「後戸の哲学者」だと思うが、まあそれはいい。私たちはもう一度「日本哲学」の源流である西田哲学と田辺哲学をしっかり勉強して、中沢新一の「スピリット論」を発展させていかなければならない。
一昨日(040116)、広島で第四回地域づくりフォーラムが開催されて、私の講演もあった。全貌はのちほどCDで公表される予定になっているのでそれを御覧いただくとして、ここでは、私の講演に関するテキストだけをアップしておきたい。
講演内容は、そのテキストをもとに喋ったのだが、時間の関係でずいぶんはしょって話をした。詳しくはそのテキストをじっくり読んでいただきたいが、要点は次のとおりである。
これからの平和や地域づくりを語るには西田哲学と田辺哲学を語らなければならないし、中沢新一の「モノとの同盟」という考え方がいちばん大事で、これからの地域づくりは「スピリット」が立ち現れうるような「場所づくり」でなければならない。一般うけに判りやすくいえば、河童の棲む川づくりとか天狗の棲む森づくりである。トトロの棲む森づくりでも良い。子供のための「脳と身体の学習プログラム」が展開できる場所づくりを全国いたるところにしなければならない。
さらに大事なことは、地域活充化に関する「後戸の神(スピリット)」は、NPOであるということだ。ということは、公共事業の「後戸の神(スピリット)」もNPOということだが、21世紀の地域づくりはNPOを抜きにして考えられない。もちろん、NPOは心はあっても力(金)はない。反面、企業や行政は力(金)があっても心がない。二つは同盟を結ぶのだ。それがPFI(PPP)だが、PFI(PPP)のエネルギー源、力の源は・・・NPOという・・・「後戸の神(スピリット)」なのである。
なぜNPOが「後戸の神(スピリット)」になるのか? それはこのテキストを御覧下されば解る筈だ。
私は前回、「中沢新一が言う<精神と物質とが同じ運動をくりひろげる不思議な領域>とはどのような世界を言うのだろうか? 興味津々・・・。」と申し上げたが、いよいよ神々の登場です。
前回はグレートスピリットまで紹介してきたが、グレートスピリットはスピリットの世界から外には出ていないのであって、スピリットとまったく同格だと考えて欲しい。しかし、今回、ここに登場する高神(たかがみ)と来訪神(らいほうしん)は、スピリットやグレーとスプリットの棲む世界と同じなのかそうでないのかやや曖昧な面がある。一神教までいくともうすっかりスプリット世界とは違う世界になるのだが、この高神(たかがみ)と来訪神(らいほうしん)の世界というのは、どうもその中間的な世界なのである。一神教の世界にいっぽ足を入れている部分もあるがまだ残余のスピリットも残っている。そういうややこしい世界なのだ。高神(たかがみ)と来訪神(らいほうしん)の世界というのは中間領域であって、スピリット世界といえばスピリット世界だし、かといって神(ゴッド)がいないかといえばそれも居る。シュミットに言わせれば、高神(たかがみ)と来訪神(らいほうしん)という二種類の神(ゴッド)が居る。実は、わが国がそうなのだが・・・、ちょっと微妙な世界、それがこの高神(たかがみ)と来訪神(らいほうしん)の世界なのである。
一神教の秘密に迫っていきます。
わが国経済はどうやら永引くデフレ不況を脱したのではないかという意見が大勢を占めるようになった。しかし、私のように、地方を回っていると建設業界に関する限り、そのような実感はまったくない。
わが国経済は、製造業と非製造業、中央と地方、大企業と中小企業、勝ち組と負け組み等、あらゆる面で二極分化が進んでいるが、地方の中小建設業に景気回復の実感が出て来ない限り、私は、わが国経済が景気回復の本格軌道に乗ったとは、やはり言えないのではないかと思う。まだまだ安心するのは早い。
しかしながら、わが国経済・社会の潜在的な力は衰えておらず、どうも今年は、新たな飛躍の年になりそうである。あの「ソフトパワー」の提唱者で有名なジョセフ・ナイが、日本は再びアジアの手本になる旨、昨日(平成16年1月6日)の日本経済新聞に書いているが、彼の言いたいことの重点は経済にあるように思う。しかし、経済もさることながら、特に私は、わが国の文化面に注目しており、その文化面から、どうも今年は、新たな飛躍の年になりそうでだと私は思うのである。
今年は、歴史的に見て世界の中で、日本を中心に新しい文明の芽が出て来るのではないか。そのような予感を感じている。新しい文明とは、ダーウィンの進化論でいう弱肉強食社会ではなく、今西錦司の「すみ分け論」でいうところの共生社会を目指す文明である。今をときめく哲学者中沢新一の「モノとの同盟」である。「違いを認める文明」の芽が、今年、この日本からそろそろと出て来るのではないか、そんな予感するのである。今、中沢新一は、次々と「太古のリズム」を打ち続けているが、そのリズムが人々の心を震わし、新しい文明を生み出す萌芽が出てくる予感がするのである。
新しい文明の鍵、それは・・・中沢新一の言うところの・・・・世界の「宿神の王」・「後戸」(うしろど)である。中沢新一は、その最新の著書「精霊の王」(2003年11月20日、講談社)でそう言っているのり、ここではとりあえず帯だけを見ておこう。
〈魂の原日本〉を求めて縄文へと遡る思考の旅
日本という国家が誕生したとき、闇へと埋葬された「石の神」とは? 芸能、技術、哲学の創造を司る霊妙な空間の水脈をたどる。
柳田國男『石神問答』の新たな発展がここにある!
世界の王たる宿神の正体とは?
日本人の精神史をくつがえす!
私はこの本で、思考する行為に「後戸」の空間にみなぎる霊力を注ぎ込むことによって、私たちの生きる世界からすっかり見えなくなってしまった「創造の空間」への通路を、あらためて開削しようとする試みにとりくんだ。この世界のいたるところに「後戸」をつくりだすこと。私たちの心の内部に凍結され眠らされている潜在能力の耳元で、目覚まし時計のように激しい励起の鈴を鳴り響かせ、そこにもういちど生き生きとした「創造の空間」を立ち上がらせてみたいというのが、この本を書いた私の願いなのだ。
この本を読み終えた方は、これまで語られてきた「日本人の精神史」というものが、根底からくつがえされていく光景をまのあたりにすることだろう。石の神、シャグジの発する不思議な波動にはじめて接して以来何十年もの歳月をへて、ようやく私の学問はその波動の発する宇宙的メッセージに接近し、それを解読していく方法に近づくことができたような気がする。(プロローグより)
「精霊の王」(2003年11月20日、講談社)の帯は以上のとおりであるが、要は、わが国の「歴史と伝統・文化」の神髄は「後戸」にあるようだ。私は、今、あこがれの会津を旅してまだその途中である。徳一ゆかりの恵日寺を見ているさいちゅうである。まだまだ先は永いのだが、ちょうど「丸石道祖神」のところまで来て、ようやく「ミシャグチ」に触れることができるようになった。いよいよわが国の「歴史と伝統・文化」の神髄・「後戸」に触れることができるようになったということだ。
いやいや、まだ急いではいけないのかもしれない。わが国の「歴史と伝統・文化」の神髄は「後戸」に触れる前に、やはり、(中沢新一、「カイエソバージュ「、神の発明」、2003年6月、講談社)を勉強しておかないといけないのではないか。会津の旅をつづけながら、神とは何か、スピリットは何か、そういった基礎的勉強を急ぐことにしよう。
それでは神やスピリットに関する
・・・基礎的勉強の始まりですが、
恵日寺は盤越西線猪苗代から二つ目の駅・「ばんだいまち」で降りる。小さな小さな田舎の駅で何の変哲もない・・・まあ面白くない駅だ。観光客をもてなす気配は全然感じられない。少しは工夫があっても良いのだがと思いながら駅を後にする。
あらかじめ国土地理院の地図で調べておいた道をゆくのだが、駅のムードとは裏腹に、街には人々の生活が感じられてなかなかのムードだ。まず最初に目につくのは古峯神社の柱である。古峯は「こぶがはら」と読む。この古峯神社というものが曲者で・・・私の直感では、徳一と不思議な糸で繋がっているように思われる。いずれじっくりと訪れたい。「スピリット」にお目にかかれるかもしれない。

古峯神社は関東では三峯神社と並び称される修験道場である。日光を開いた勝道上人の修行の場としても有名であるが、その勝道上人が最初に修行したのは、実は、下野の薬師寺である。下野の薬師寺は、当時、九州の観音寺と奈良の東大寺と伍した全国スケールの戒壇院で、藤原氏との繋がりが極めて強い。その点で徳一との関係が気になる。多分、私の直感では、行基、良弁、勝道、徳一、空海、明恵は見えぬ糸で結ばれている。東大寺と興福寺、或いは華厳宗と法相宗のくり出す糸である。その糸は、華厳哲学と唯識論と言って良いのかもしれないが、その奥には「スピリット」が・・・・きっと働いているに違いない。

それでは丸石道祖神について
森元総理は神の国発言で国民の失笑を買った。小泉総理は靖国神社問題で国民の失笑を買った。そして、福田官房長官を中心に検討された戦没者追悼施設の構想もまた国民の失笑を買う結果となってしまった。この構想が実現する見込みはほとんどない。構想が未熟で失笑のしろものであったからだ。
イラクへの自衛隊派遣問題でアメリカを応援することは当然として、ゴッドの名のもとで力の政策を推し進めようとする今のアメリカのやり方ではもはや世界はやっていけない。さらに言えば、心を切り離した形の現代科学ではもはや世界はやっていけない。そういうことも最近つとに言われるようになった。
平成16年の新春そうそう小泉総理は靖国神社参拝をされて又物議をかもしている。靖国問題の再燃だ。靖国神社問題はどうすればよいのか。又、世界平和のためにわが国はどうすればよいのか。わが国は、わが国らしく、わが国の歴史と伝統・文化にもとづいて、新しい文明を創っていかなければならないのではなかろうか。新しい文明・・・。その基本的な思想が定まらないかぎり今の混沌は続かざるを得ないのではないか。
新しい文明・・・それは、当然、これからの新しい哲学に裏打ちされたものでなければならない。新しい哲学・・・、それは、多分、中沢新一の「モノとの同盟」であろう。キーワードは「スピリット」だ。
わが国の「伝統」、正確にいえばわが国の歴史と伝統・文化ということだが、わが国の「伝統」にもとづいて、「スピリットの世界」を創っていかなければならない。しかし、わが国の「伝統」が「スピリットの世界」にあることははたして本当か。それが今私のいちばん問題とする問題だ。問題の核心部分なのである。
わが国が「神の国」であることをいうだけでは不十分である。さらに、わが国が「神仏習合」の国であることを言うだけでは不十分である。「神仏習合」の源流を訪ね、わが国が「神々の国」である・・・その本質的なところに迫っていかなければならない。それが「スピリット」だ。
さあ、徳一を訪ねて・・・・会津に行こう。あこがれの会津に行こう。会津は「仏の国」である。会津は「神々の国」である。しかし、私は、会津は何よりも「スピリットの国」であると思う。会津を皮切りに始める…これからの旅・・・「スピリットを訪ねて」という私の気楽な旅で、少しでもスピリットのイメージが定まればいい。それが「劇場国家にっぽん」のバックボーンとなってゆくだろう。
森元総理の神の国発言も小泉総理の靖国参拝問題も福田官房長の戦没者追悼施設構想も「劇場国家にっぽん」とはおおよそ無縁のものである。「劇場国家にっぽん」は「スピリットの世界」である。神道も仏教も大事である。そして多神教大いに結構。神仏習合大いに結構。キリスト教も結構だし、イスラム教も結構だ。何んでもありの世界・・・。「スピリットの世界」とはそういうものだ。道祖神もいればお地蔵さんもいる。日光東照宮にはマダラ神という変な神様もいる。なんだかごちゃごちゃ・・・それがわが国の伝統・文化である。三峯神社の節分ではないけれど、ごもっとも。ごもっとも。
そういうわが国の伝統・文化は農山漁村にまだ色濃く残っている。これを守らなければならない。世界のためにだ。私はわが国だけのことを言っているのではない。わが国の「伝統」は、世界平和のために守らなければならないのだ。わが国において、「モノとの同盟」を如何に実行できるか。その実践が大問題なのだが・・・・、可能性はある。その鍵は大野川の河童が握っている。大野川の河童は、中沢哲学にしたがって、地域づくり、川づくり、森づくりなどの全国ネットワークをつくろうとしている。Juuu-Netのことだ。
都市に生活する人びとよ、農山漁村に行って感性を養おう!セカンドハウスを是非農山漁村に作って、田舎暮らしを体験しよう。そして大いにお金を田舎に落として欲しい。お年よりは自給自足的な田舎暮らしがいい。安く生活しながら、美しい自然と伝統・文化と十分ひびき合えるからだ。宇宙とのひびき合い、それはまさに生きる喜びである。
そして、農山漁村の人びとよ、自然を大切にし、歴史と伝統・文化に生きよう。特別のことは要らない。そのまま・・・、ありのまま。祖先から引き継いでやってきたそのままのことをありのままやっていけばいい。それがお客さんをもてなすことになる。ビジター産業を育成することになる。これからの時代、わが国の農山漁村にとってビジター産業こそリーディング産業だ。その主役、それが農山漁村に生きる人々だ。歴史と伝統・文化に生きる人びとだ。
そして、最後に、Juuu-Netの仲間よ、都会の人々が田舎暮らしを体験できるように、多くの旅人が田舎に出かけ得るように、農山漁村に暮らす人々がイキイキと生きていけるように、さまざまな舞台装置をつくるとしよう。森づくり、川づくり、地域づくり、セカンドハウスやクラインガルテン、それにエコミュージアムなどをつくりながら、ビジター産業の育成に大いに力を貸すとしよう。いうなれば地域全体が伝統・文化にもとづく「モノづくり博物館」だ。キーワードは「スピリット」。それは「モノとの同盟」であり・・・、ボランタリー経済の世界、贈与経済の世界をつくることである。
註:「劇場国家にっぽん」についは、このホームページには、今日現在、121の関連ページがホームページ内検索で検索される。それらのうち、いちばんまとまった形で、包括的に解るのはこのページである。
さあ、それではいよいよ
あこがれの会津に参ろうか!

(下にもページがあります!)