2、ふらふらする自己と真の自己

 

 中村雄二郎いわく。『自己とは何か、自己を支え、根拠づけるものはなにか、ということは、アイデンティティー論への人々のつよい関心が示すように、現在でも大きな問題であるが、とりわけ近代日本においては頻繁に問われてきた問題であった。明治維新以後の近代化の動向のなかで、封建的心性からの脱皮と新しい時代に対応する近代的自己、あるいはそれにかわるべきものの確立と基礎づけは、明治の青年の共通の課題であった。

 西田哲学は、日本の急速な近代化に由来する混乱と焦燥の中で、日本における「近代的個人」の精神的支柱を索(さがしもと)めて出発した哲学である。けれども、西田の哲学的な研鑚によってとらえられ、うち立てられた個人(自己)とは、デカルトのコギトに代表されるような、思考の自律によって根拠づけられた意識的自己、自由で開かれた能動性あふるる自己ではなかった。むしろそれは、多感な明治の青年の多くに共通する、挫折感、悲哀感を帯びた悩める自己であった。』

 

 それは私流に言えば「ふらふらする自己」、老松流に言えば「漂泊する自我」ということになるが(「漂泊する自我」、老松克博、1997年10月、新曜社)、ここで自己と自我の違いについて説明しておきたい。いずれ詳しく述べるとして、とりあえずここでは判りやすい喩えでイメージをつかんでおいてもらえばいい。氷山に喩えていえば、水面から出ている部分の重心が自我、水中も含めて全体の重心が自己である。水面上は自分で意識できる世界すなわち意識界、水面下は自分では意識できない世界すなわち無意識界・・・・・そんなイメージで氷山に喩えている。自我が漂泊すると自己も結果として漂泊するので、老松の言い方を私流に言い直すと「漂泊する自己」ということになる。水面上に見られる氷山の一角は小さく、全体の氷山はものすごくでかい。だから、水面上の自我が少しぐらい動いても全体の自己はあんまり動かないのかもしれない。西田の時代はまだ自我と自己の区別がまだはっきりしていなかったので、西田は悩める自己と言っているのだが、こういう言い方はちょっとおかしいかもしれない。しかし、私は、西田に合わせて・・・・「ふらふらする自己」とか「漂泊する自己」という言い方をする。大事なことは、自我と自己の区別であり、自我は意識界の概念、自己は無意識界を含めた全体の概念であるということだ。

 

 西田いわく、『我々が我々の自己の根底に、深き自己矛盾を意識したとき、我々が自己の矛盾的存在たることを自覚したとき、我々の自己の存在そのものが問題となるのである。人生の悲哀、その自己矛盾ということは、古来言い古された常套語である。しかし、多くの人は深くこの事実を見つめていない。』・・・・と。

 

そしてまた中村いわく、『ところで、この悲哀感を帯びた自己、悩める自己とは、なによりもおのれの内部の生命に目を向け、それを拠り所にして生きようとする自己である。西田の生涯はそのような私たち人間のうちにひそむ<内部の生命>を自覚し、それを論理化することにあったとさえいえる。』・・・と。

西田の文章はともかく、中村の文章について言えば、悲哀感を帯びた自己、悩める自己、ふらふらする自己、漂泊する自己などという場合の自己は、上述のように、自我といいかえたほうがいいのかもしれない。内部の生命とは、水面下の氷山の部分すなわち無意識の世界のもの。それを拠り所にして生きようとする自己とは、水面下も水面上も含めた全体のものである。無意識界を含めた意識する自己といったほうが判りやすいかもしれない。意識しながらもできるだけその意識を捨てるところに無意識界を自覚する道があるのだろう。<内部の生命>を自覚するということは、無意識界を自覚することであり、真の自己を自己を自覚することである。自我は悲哀感に満ちふらふらしている。悩める自我から脱却し、真の自己に目覚めるためにはどうすればいいのか。

 

それではしばらく中村雄二郎の言うことに耳を傾けよう。

 

真の自己が内部生命のありかとして求められたという点で、西田との関連でとくに興味深く、西田の真の自己の孕む問題を映し出しているのは、西田より二つ歳上ながら若くしてみずから生命を絶った詩人思想家北村透谷の<内部生命論>である。死の前年(1893年)に書かれた「内部生命論」は、身をもっての民権運動への参加、絶望、挫折を経たのちに内部生命の立場に立って自己の再生をはかろうとしたものである。・・・・中略・・・。透谷は人間的自己の自覚や内部経験を内部の生命・・・・表層の人生の背後にある深層の生命・・・・に結びつけるとともに、そのような生命を観察する詩人や哲学者はそれにふさわしい知的直感を働かさなければならないとしている。なお透谷はこの「内部生命論」のなかで、内部生命を<生命の泉源>とも<人間の秘奥の心宮>とも言いかえている。・・・・中略・・・・。たしかに西田の求めた真の自己と透谷が明らかにしようとした<内部生命>とは、いろいろな点で呼応し結びつくところが多い。そのことに早くから着目して山田宗睦 (「日本型思想の原像」1961年)は両者の関連を、明治の青年たちの詳細な思想史的考察をとおして明らかにし、西田幾多郎の「善の研究」は、じつに、この透谷の「内部生命論」の哲学化であったとまで言い切っている。実に射程の大きい指摘である。

 

悩める自我から脱却し、真の自己に目覚めるためにはどうすればいいのか。そのためには、悟りといって良いのだが、純粋経験ということを知らねばならない。それが西田哲学の原点である。しかし、経験の重要性はそれだけにとどまらない。悟りとまで行かなくても、できるだけ経験をつむことだ。そうでないと、妥当な判断はむつかしいし、心豊かな生活もむつかしい。経験が人間を作り上げていくのだ。「劇場国家にっぽん」との脈絡でいえば、場所づくりは経験の大前提であり、豊かな人生の大前提である。場所それは経験である。したがって、場所が人間を作り上げていくといっても良い。

 

それでは、次に、まずは経験ということについて。

 

Iwai-Kuniomi