西田哲学「場所の論理」について

 

 東西文明が否応なく接触せざるを得ない今日、東西思想の相互触発が必然であり、世界の哲学界で最近西田哲学の研究が盛んになってきているようだ。延原時行(のぶはらときゆき)がその著書「ホワイトヘッドと西田哲学の<あいだ>・・・・仏教的キリスト教哲学の構想・・・・、2001年3月、法蔵館」の中で、『「西田哲学」の名が、今日の世界の哲学界で年毎に定着していく様は、実に、見るだに楽しくも嬉しい興奮であった。』と述べているが、私たち日本人は、哲学者でなくともオピニョンリーダーとして振舞うからには、西田哲学のなんたるかはある程度知っておく必要があるようだ。

 以上のようなことから、「劇場国家にっぽん」を構想するに当たってはどうしても、中村雄二郎のリズム論を踏まえながら、西田幾多郎の「場所の論理」を勉強しておくことが不可欠であると思われる。西田幾多郎の「場所の論理」の再認識といっていいかもしれない。中村雄二郎の西田幾多郎に関する著作としては岩波現代文庫のもの(西田幾多郎(1)、中村雄二郎、2001年1月、岩波書店)が適当かと思われるので、これにより「場所の論理」の勉強をしていきたいと思う。

 

1、場所の重要性 

2、ふらふらする自己と真の自己

3、自己と経験

4、純粋経験の諸様相

5、場所(トポス)とは

6、場所の分節化(その1)

7、場所の分節化(その2)

8、「劇場国家にっぽん」と「知のトポス」

9、意識と自覚

10、「場所の論理」・・・主語と述語・・・判断のメカニズム

 

Iwai-Kuniomi