六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)

 

 

 先に述べたように、源氏物語の圧巻は宇治十帖であり、その伏線として六条御息所が重要な役割を果たしている。私は源氏物語の宗教的な側面に焦点を 当てて人生の二面性を語ろうとしている。いうなれば天国と地獄である。急いではいけない。天国を語る前にどうしても地獄を語らねばならない。六条御息所の 持つ地獄性を語らねばならない。以下、梅原猛の「地獄の思想」(昭和58年9月、中央公論社)をもとに六条御息所の持つ地獄性を語ることとしたい。

 六条御息所は賢明で貞淑な女性であった。若くして皇太子の正妻となった彼女は、やがて皇太子と死に別れ、一人娘をもつ寡婦となった。好色な光源氏 はこの未亡人に熱心に言い寄り、遂に深い関係となる。

 彼女は美しく気品高く、そして賢明である。しかし、こういう女性は本来男にとってどうも窮屈だ。そういう窮屈さが、次第次第に彼を彼女から遠ざけ る。彼は、浮気なまま多くの女を作り、六条御息所をたずねる日も疎遠になった。それは六条御息所にとって耐えられない。しかし、彼女は自制心の強い女であ る。彼女はその嫉妬をけんめいにおさえている。

 

 

 

 

 そのときである。彼女の魂が、彼女の身体から離れて、彼女の恨みを晴らしにゆくのは。憎い、源氏が憎い。けれど、源氏は愛する人。それゆえ、彼女 の怨みの霊は、源氏ではなく、源氏の恋人たちに向かうのだ。次々と怨みを晴らしていくのである。娘の斎王に 同行して伊勢に下りやがて死ぬのだが、彼女の霊は彼女が死んでもなお、源氏の愛人に取り付くのである。すさまじい霊の執念である。源氏はその原因が自分に あることを知っている。それゆえ、六条御息所に対し申し訳なく思うと同時に、彼女の心を慰め、彼女の死後娘の面倒を見るのである。

 

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 賢木(さかき)の場面は、そういう源氏のやさしいこころと六条御息所のせつない想いが交差するしみじみとした場面ではある。斎王の伊勢斎宮下向がまじかになったとき、源氏は嵯峨野 の野の宮に六条御息所を訪ねる。広い野に秋の花はしおれ、虫の音は弱々しく松風が寂しく吹いていた。野の宮は小柴垣で囲まれた黒木の鳥居が神々しくしめや かである。源氏は榊を折って、この榊の色が変わらないように昔に変わらぬ心で訪ねてきたという。いっときは六条御息所の怨みも消えたかのようであるが、そ こはなかなか・・・・。

 

 

 


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