これからの建設業は如何にあるべきか

 

                      平成12年3月21日(島根にて)

                        参議院議員 岩井国臣

 

1、財政改革について

 

 

(1)財政危機の原因は公共事業予算にあるという説について・・・いわゆる公共事業バッシングについて

 

 これには三つの主張があって、ひとつは吉野川河口堰や田舎の道路など無駄な公共事業を止めるべきであるというもの。民主党は、3割ほど無駄な事業があると言っている。

 今一つは、コストが3割ほど高いというもの・・・これは民主党が主張している。

 

注:民主党の公共事業を今の半分ぐらいに圧縮すべきとの主張は、この二つの理由から来ている。

 

 さらにもうひとつは、もはや公共事業の経済波及効果は小さくなっているのであるから、公共事業予算を福祉予算に回すべきであるという意見。

 

 

(2)財政法違反論(法律違反論、違法論)について

 

 ご承知のように、国債には、建設国債と赤字国債がある。建設国債は、財政法第3乗の規定による国債で、4条公債と呼ぶこともある。赤字国債は、財政法では発行を禁止している公債で、財政法の規定ではなく、その都度特例的に立法措置を講じて発行している公債で、特例公債と呼ばれる。

 違法というのは一寸言い過ぎだが、財政法で本来禁止されているものを、多数決の横暴で、便宜的な立法措置を講じて切り抜けるというのは、財政法の精神を無視した・・・違法行為に近い行為ではないか・・・というものである。

 

 特に、現在のように、建設国債に比べて、特例公債の方が3倍もあるというのは全く異常であると言わざるを得ない。

     公債比率:38、4%

     4条公債:10、8%

     特例公債:27、7%

 

 宮沢大蔵大臣は、法の論理としては、「後方優位の考え方」に立っているのでは・・・と仰有っていたが、特例公債は違法といえないまでもおおいに問題であるとの批判については、私も同感である。異常である。正に危機的状況と言わざるを得ない。

 

 さて、そこで、・・・・皆さんにキッチリ理解しておいて欲しいのは、この異常さ、財政の・・正に危機的状況を招いているのは、建設国債ではなく、赤字国債だということである。建設国債の3倍も赤字国債を出している・・・そのことが異常なんだ。

 

 私の考えとしては、建設国債を発行して公共事業を実施する、・・・これは、国民貯蓄が道路やダムなどの国民資産に変わるだけで、問題はない。道路やダムなどの国民資産は、毎年、効用を発揮する。・・・国民がそれを毎年利活用しているということだ。

 赤字国債のほうは何も残らない。借金だけが嵩んでいくだけだ。

 

 

 なお、この財政法違反論の中には、第5条に違反しているとの指摘がある。つまり、今度は建設国債の発行に関してだが、財政法第5条によれば、建設国債を発行する場合は、償還計画、減債計画を作ることになっているが、それがない、・・・・これは明らかに財政法違反である・・・というものである。この指摘に関しては、誰も反論できないのではないか。

 

 

(3)国債費(国債の元利償還)財政圧迫論について

 

 過去に発行した国債の元利償還額は、おおむね9兆円である。これは、予算義務額であり、国はこれをまず国民に支払わなければならない。当然歳出予算を削減すべきであるが、どの部門から削減すべきであろうか。

 

 現在の考え方は、この歳出予算の削減は、ほぼ全額公共事業予算から削減することになっている。公共事業が協力している訳だ。その結果、公共事業予算はほぼゼロになってしまう。したがって、ほぼ同額の建設国債を新規に発行して、それを公共事業に当てているというのが現状だ。

 

 もし、新規国債は発行しないで、すべて税収でまかなうとしたらどうなるか。現在公債比率は38、4%だから、国の予算規模は現在の61、6%となる。国債費(予算比率でおおむね10%)を先取りすると、使える予算はさらに減り、現在のおおむね50%となる。平成12年度の予算でいえば・・・ということだが、これは異常なことだ。

 

 新規国債を発行しなければ、公共事業も現在の半分になる。これは大変。しかし、皆さん、ここは・・・よく考えてみてほしい。大蔵省に騙されてはいけない。

 公共事業予算がおおむね9兆円だから、これが半分になって4、5兆円。・・・・これは全く建設国債を発行しない場合の数字だ。建設国債は、平成12年度は9、15兆円だから、この分、加わって、・・・・平成12年度の公共事業予算は、13兆円ぐらいになってもおかしくない。・・・何故そうならないのか。

 

 現在の財政構造では、公共事業に税金は使われていない。というより、税金は、医療福祉などに振り向けざるを得ず、財政構造としては、公共事業に税金を振り向ける余裕がなくなっているということである。

 9兆円の建設国債を発行し、それでもって公共事業の予算に当てている・・そういうことだ。

 

 そこで、大事なことは、・・・その原因は、公共事業側にあるのではなくて、医療福祉側にあるということだ。税収の割には医療福祉に金を使いすぎているのだ。本来公共事業に回ってくる筈の予算が医療福祉部門に流れている。医療福祉部門が公共事業部門を圧迫しているのだ。

 

 

 

2、財政再建(国債の償還計画又は減債計画)について

 

 

 財政再建の基本は、今まで医療福祉関係で使ってきた赤字国債は医療福祉関係で償還していく、・・・今まで公共事業に使ってきた建設国債は公共事業で償還していく・・・そういうことでしょう。当然といえば当然のことだ。

 

 さて、そういう基本的考え方に立って国債の償還計画を立てることは容易なことではない。橋本内閣のときのように、数字をいじくるだけでは実効性のある計画なんてものは到底できないでしょう。気勢を上げるにはいいかも知れないが・・・。

 また、すり付け区間というか、ある一定期間の中立予算の必要性がある。中立予算は、少なくとも2年間は必要ではないか、・・・宮沢大蔵大臣はそのようにいっておられるが、私も全くそう思う。

 

 おそらく、平成13年1月の中央省庁の再編を待って、財政・経済のマクロモデル解析がスタートするのではないかと思う。宮沢大蔵大臣は一年ぐらいの期間をお考えのようだ。とすると、平成13年1月から14年はじめまでがそういった検討期間になるのであろうか。平成14年夏の概算要求、つまり平成15年度予算の要求にそれが反映されることになる。

 

 平成13年度と14年度は中立予算、つまり横這いである。そして、平成15年度から、緊縮財政に移行していくのではないか。問題はその中味、つまり、国債の償還計画の中味が問題である。建設サイドの意見をどう集約し、どうその償還計画に反映させていくのか・・・正念場はそのときである。

 

注:建設国債の償還計画について(別添資料)

 

 

 

3、漂泊の旅について

 

 

 

 「漂泊の旅」と「放浪の旅」とはどうちがうのか。過日、私こと「河童大明神」と幸野さんこと「大野川の河童」らとそんな話しになった。なんとなく、・・・「漂泊の旅」は帰るところがなく、「放浪の旅」は帰るところがあるのだろう・・・ということで一応落ちついた。

 

 家に帰って、辞書(大漢語林)を引いてみた。「漂泊」は、@水上に漂うこと。A転じて、人がところ定めずさすらうこと。さすらう、また、すらい。「漂」は、本来、水に漂う意であるが、転じて、空中に漂うさまもいう。風に漂うのである。「放浪」は、@気ままにする。心のままに振る舞って物事にこだわらないこと。Aさまよう。流浪。・・・・これでは「漂泊」と「放浪」のちがいがよくわからない。

 「ひょうはく」には「さまよう」という説明がなく、「ほうろう」には「さまよう」という説明がある。生死の間をさまようのであって、生死の間をさすらうとは言わない。したがって、さまよう場合は、迷いがあるのだろう・・・と思ったりしたが、「放浪」には、物事にこだわらないという意味があるようであるので、「放浪」を迷いながらさまようという意味で理解するわけにはいかない。

 

 そんなことで、・・・よくわからないのだが、「放」は放つという意味だからどこかから離れていく。旅でいえば、定住地があって旅にでる。「放浪」は「流浪」と同じ言葉であるとしたら、「流」は流れる意味であるから、漂う場合とちがい、その源と行く先がはっきりしている。「漂泊」は、「泊」という字があるので、漂いながらところどころで適当に留まるのだろう。・・・そんなことを考えながら、結局、最初の結論、・・・「漂泊の旅」は帰るところがなく、「放浪の旅」は帰るところがあるのだろう、・・・という理解でいいのではないかと思い至った。

 

 幸野さんこと「大野川の河童」は、しばらく「放浪の旅」にでていたが、大野川も最近は多少きれいになったので、帰ってきたということであった。これからはずっと大野川の「トロトロガンドウ」で定住したいということであった。

 ほかの河童たちの中には、大野川の河童のように定住を望むものが多かったが、「河童大明神」のように「漂泊の旅」を望むものも少なくはなかった。意外なことである。ただ、「漂泊の旅」にあこがれるものでも、ほとんどの河童は、人間流にいえば、最後は畳の上で死にたいということであった。

 私は、どこか岩の上で静かに星を見ながら目を閉じたいと思っている。

 

 「漂泊の旅」とは、「風まかせの旅」であるが、「漂泊の精神」とは、「風雅を愛し、風流を愛し、風のように飄々(ひょうひょう)と生きる」・・・そんな生き方であろう。そんな精神で旅ができれば実に楽しいではないか。「漂泊の旅」は日本人のあこがれだ。

 

 

 旅には漂泊の旅や放浪の旅のほかいろんな旅がある。観光旅行、温泉旅行、研修旅行、修学旅行、写真旅行・・・等等。四国八十八カ所めぐりなど巡礼の旅もある。最近はグリーンツーリズムやトレッキングという旅も増えてきている。

 湯治場やセカンドハウスで長期滞在をするようなものは、普通、旅とは言わないのかも知れないが、広い意味では旅に含めていいだろう。あたかも別人になったように、非日常的な生活をある一定期間楽しむという意味で、「漂泊の旅」に含めて考えていいかも知れない。

 いずれにしろ、いろんな旅があるものだ。

 

 私たちは、風流を愛する国民として、もともと「漂泊の旅」に惹かれているのだと思う。

 村は、普通、定住の人々が中心であるが、「漂泊の人」なくして村の生活は成り立たなかった。獅子舞、薬売り、修験者、旅の芸人・・・等等、「漂泊の人」と村人との交流の歴史は長い。「ふうてんの寅さん」のような香具師(やし)なども村の祭りにはなくてならない人たちであった。金魚売りも来たし、鋳掛けやも来た。いろんな人が来て、村の生活が成り立っていたのだろう。村の発展に必要な新しい農業技術もこういう人たちがもたらしたものだろう。百姓というのは、その字が示すように、本来、手広く手工業を営んでいたのである。そういう手工業の技術も「漂泊の旅人」がもたらした。

 また、その地域の文化はそういう人たちによって外に伝えられたのである。文化の受発進、・・・その担い手は「漂泊の旅人」である。

 

 

 すでに、御霊信仰について述べたが、この広まりについては密教僧ないし修験者の果たした役割が大きい。この御霊信仰は、神祇側の働きかけにより、物忌み信仰の普及の影響を受けて、空也の浄土信仰を生むが、空也の浄土信仰は、一遍の「踊り念仏」で熱狂的な興隆をみる。

 一遍など念仏聖(ねんぶつひじり)に従う人々は、身につけた鉦(かね)やひょうたんで独特のリズムをたたきながら、念仏を唱えて全国を駆けめぐったという。彼らは行く先々で、怨霊を鎮めて回った。戦(いくさ)で亡くなった亡者の霊も慰め引導を渡して回ったが、対峙する両軍は念仏聖(ねんぶつひじり)には手を出さなかったという。

 念仏聖(ねんぶつひじり)に従う人々を「時宗(じしゅう)」と呼ぶが、これら時宗は、いうなれば「漂泊の旅」に出掛けたのであった。

 

 漂泊の人々は、このような祭りや宗教に係わる人々および特別の職人技術をもった人々である。特別の情熱と目的意識を持った人たちも当然いた。江戸末期の勤王の志士たちなどもそうである。

 

 

 21世紀の我が国の在りようを考えたとき、私は、勿論いろんな施策と相まってだが、「漂泊の旅」を推奨し、「漂泊の人々」を増やしていかなければならないと思う。外国人を含めてだ。

 21世紀は、知的産業の時代である。インターネットの時代における知的な仕事は、個性豊かな人たちとの交流が不可欠であるし、楽しみながら仕事するというリゾートオフィスが向いている。これらは、広義の意味における「漂泊の旅」である。「放浪の旅」ではない。ましてや旅行というものでもない。「漂泊の旅」なくしてこれからの我が国における知的産業は成り立たないように思う。

 

 昨今いろいろと草の根国際交流ということがいわれるが、21世紀の我が国の在りようを考えたとき、極めて大事なことだと思う。これからの国際社会において、私たち日本人は、言葉の壁をどうのりきるかという問題はあるけれど、第二の開国をしなければならない。閉鎖的心の解放だ。私たち自身のために、・・・私たち日本のために草の根国際交流というものを画策しなければならない。

 また、逆に、発展途上国のこれからの発展のためにも、草の根国際交流の果たすべき役割が大きいのではないかと思う。先端技術だけでなく、我が国の伝統産業技術など我が国の文化が発展途上国のこれからの発展に大きく寄与するということはないだろうか。私はそういう可能性が高いとみている。もしそういうことができていけば、そのときこそ「日本文明」というものの芽が出るということであろう。私は、西尾幹二さんらのように歴史的に「日本文明」があったかの如くいうのは間違いであると思うが、これからの我が国在りようとして、そういう方向を目指すべきであるとは思っている。草の根の国際交流において、我が国の伝統産業技術をはじめとする日本文化が外国人に伝わっていくということは極めて大事なことである。

 

 今、過疎地域は、五全総で「国づくりのフロンティア」などと言われながら、過疎に悩んでいる。時限立法である過疎法の延長がなされたが、根本的に何も変わっていない。これで過疎地域の苦しみが解消されるとは到底考えられないのだ。 すでに、島根の講演などいろんなところで話しているように、過疎地域の活性化のためには、私たちは地域活充化といっているので、そういう風に言い直すが、・・・過疎地域の活充化のためには、地域文化の発信ということが基本的に大事である。・・・・地域文化の発信がないと何も始まらない。

 リゾートオフィスを中心とした知的産業の担い手の育成というものを考えたとき、草の根の国際貢献を考えたとき、過疎地域の活充化というものを考えたとき、それぞれの地域の歴史と伝統・文化のすべてを、・・・・どんなささやかなものであっても、それらを地域として発進する必要がある。それらを外国人に伝える必要がある。伝統・文化の博物館を作れというのではさらさらない。それでは生きた形で伝わらない。日常生活の中で息づいた伝統・文化こそ大事なのである。

 

 国というものは先端的な技術だけで成り立っているのではない。底辺において、いろんな伝統・文化が地域を支え、そして国を支えている。そして大事なことは、伝統・文化というものは博物館に入れるのではなく、日々それを使うことで生きている、・・・そういうことでなければならない。国策として、日頃からそれらすべてを何らかの形で守り活かすことが必要で、・・・そのような施策を全国各地で展開しなければならない。農山村は守らなければならない。農山村地域の伝統・文化は守り生かさなければならないのだ。

 

 そういったことを大前提として、草の根国際交流も活発に行われるようになる。草の根国際交流によって、我が国の国際貢献は大きくなるし、また地域文化との交流が行われ、新しい時代に向けて地域は再び息づいてくる。草の根国際交流によってはじめて、地域の活性化が可能になるのではなかろうか。

 

 旅にはいろんな旅がある。企画された研修旅行もいいだろう。しかし、文化移転というものを考えたとき、全く個人レベルの、しかも何となく長期にわたってそこに居着くような旅、・・・いわゆる「漂泊の旅」が望ましい。

 これからの草の根国際交流の主たる担い手である外国人は、もともと国内でも「漂泊の旅人」である。彼らは我が国にもやってくるのだ。むかしわが国でもそうであったように、彼らは「漂泊の旅人」である。われわれは彼らを暖かく迎えなければならない。21世紀における我が国の重要戦略として、彼ら「漂泊の旅人」を通じて、彼らの文化を吸収し、そして「日本文化」を発進するのだ。

 

 

 地域の百姓たち、リゾートオフィスの先端技術者たち、外国からの「漂泊の旅人」たち、・・・・。それらを繋ぐものは何であろうか。新しい祭りはどんな祭りであろうか。どんな神を祭ればいいのか。私の予感としては、わが国の古来の神々、外来の神、それらはみな「本地垂迹」ということで仲良く祭られることになるのではないかと思う。

 「漂泊」の精神とは、本来、自由自在の精神である。「漂泊」の世界では、「自我は漂泊している」し、「多は一であり、一は多である」。これは、とりもなおさず「本地垂迹」ということだ。「世界多神教」といった方がいいのかも知れない。いずれにしろ、「やよよろずの神」の世界である。

 そして、それらを結びつけるのは、中村雄二郎さんのいわれる「リズム」ではなかろうか。昔、全国各地で、村人たちが「踊り念仏」を踊り狂ったようにように、これから私たちは、「新しい漂泊のリズム」で踊り狂わなければならない。そのエネルギーが、多分、・・・・これからの新しい「日本文明」なるものを生み出していくのであろう。

 

 

 

4、PFIの進め方について

 

 

 公共事業一般予算の縮減分をPFIでどうカバーできるのか。地域次第である。地域によって随分格差ができてくるのではないか。・・・地域における行政と住民と建設業の連携次第である。プラットフォームを作り、どうリージョナルコンプレックスをつくれるか。そのうえで、どう外部との交流を進めていくか、地域の力量が問われている。

 

(1) グランドワーク等の応用研究

 

 まずは、グランドワーク、エコミュージアム、クラインガルテン、サステーナブルコミュニティー等・・・ヨーロッパやアメリカの先進事例を学習し、地域に応用できないかどうかを検討する。

 グランドワーク、エコミュージアム、クラインガルテン、サステーナブルコミュニティー等をPFIで実施する場合、まずは、地域住民主導型の新しい第三セクターを作る必要がある。それが前提だが、それら住民主導型のPFI事業については、公共事業等の管理者は、受益の範囲で補助できるのではないか。

 

(2)受益者負担の研究と実践

 

 これからの公共事業については、その受益に応じ受益者が応分の負担をするという原則(受益者負担の原則)に基づいて実施していく必要がある。受益者負担には、利用者負担と開発利益の還元という問題がある。

 

 @利用者負担

 

 利益者負担は、その施設の利用者が利用料金を支払うというものだが、すでに有料道路や美術館などがそうなっている。しかし、それらの一部を民間事業と一緒に実施すれば公共負担が削減できる場合がある。

 例えば、有料道路の場合、沿道制限をしないで整備することとして、沿道の土地と一体で整備すれば、沿道の土地の開発利益を吸収できるので、この種の開発方式はおおいに考えられるべきだが、この場合にあっても、通過交通に対しては通行料を取るべきである。バイパスは今後すべてこの方式とすればいい。通行料については、シャドウトールという考え方もある。

 

 また、道路、河川の占用については、上空占用も含めてその利活用を考えるべきである。橋上レストランや橋上市場など、いろいろと有益なことができるのではないか。

 このように、公共、公益施設の一部を民間に開放して、それら管理費の節減を図るということは、極めて有望な考え方である。美術館や博物館、・・・或いは公園、道路、河川などの公共、公益施設で、もしあまり利用されてない部屋や空間などがあれば、それを民間に開放し、一体的利用を進めるべきである。民間は、受益の範囲で、公共・公益側の管理を負担すればいい。

 

 

 A開発利益の還元

 

 開発利益の還元方式については、譲渡益課税の問題と固定資産税の問題があろうかと思われる。譲渡益課税の問題とは、・・・売ったときに儲かっていたらPFIに還元できないかという問題だ。固定資産税の問題とは、・・・付加価値の上がった分をどのような方式で算出するかという問題だ。今後、全般的に、土地の評価というものは収益還元方式で評価されるこのとになると思われるので、問題は、その収益還元方式において公共事業の影響をどうカウントできるのかという問題である。

 こういう基本的な問題について、政府は本腰を入れて取り組まないと、財政再建はむつかしい。今後、あらゆる場を通じて、私は、政府に働きかけていきたいと考えている。

 

 開発利益の還元の問題には、このような基本的な問題があるが、それらは国が考えるべきも問題である。民間の皆さんとしては、それよりもっと直接的な開発利益還元方式を検討願いたい。先程述べた、有料道路の沿道一体開発の場合なども当然推進されべきであるが、・・・私としては、もっと抜本的なことを研究願いたいと思っている。

 例えば、かってパロディー共和国というのが一次ブームになったが、ある一定の地域を**共和国とする。その共和国は、当然、住民主導型の新しい第三セクターである。

 **共和国では、住民は、未利用地について、その利用を共和国に信託する。共和国の建設省は、それを都市住民に販売して利益を上げる。関連する整備は最低限度のものとし、しかも販売後の整備とする。後発整備としないとリスクが大きい。なお、**共和国の公共事業、公益事業は、すべて、建設も維持管理も、行政から共和国(第三セクター)が一括受託する。こういう開発方式は、もっと考えられてよいのではないか。

 これをさらに発展させたものが、次の地域経営(リージョナルマネージメント)である。

 

 

(3)地域経営(リージョナルマネージメント)の実践的研究

 

@プラットフォーム

 

 地域におけるリージョナルコンプレックスは、外に向かって開かれたものでないといけないが、そのためには、インターネットにおけるプラットフォームが必要だ。地域が主導する・・・ホームページでの会議室であるが、それが産・学・官・野の主たる「交流の場」となる。実際に触れ合うことのできるサロンがあればなお良い。

 このプラットフォームで、PFIの具体的なプロジェクト起こしをやる。全国の情報が是非とも必要になるだろう。先進事例調査も必要になるだろうし、外部から経験者をよんでくることも必要だ。

 

A事業会社の設立

 

 PFIをやるには地元の中核になる事業主体が必要であるが、その設立のためには、まずは何か・・・対象事業がなければならないだろう。対象事業があまり小さいと、パワーにならないので、・・・少なくとも数億円規模の事業でないといけないのではないか。規模さえあれば、どんな事業でも良い。勿論、公共事業ないし公益的事業でないといけないが・・・。

 どんな事業でも良いが、住民参加型の運営が可能な事業でないといけない。そうだないと地域を巻き込んだ事業展開ができないからである。

 

 もし、今後改築ないし新築する郷土資料館のようなものがあれば、それを企画、建設、運営する第三セクターを作ればいいだろう。もちろん、民間主導の新しいタイプの第三セクターで、これがPFIの事業主体になる。

 行政はわずかに資金を出しても、口は出さないことが肝要で、第三セクターの要請に応じ、できることをやればいい。それらはもちろん契約事項である。

 

B連携事業

 

 現在その地域にある・・・ホテル、温泉旅館、民宿、オートキャンプ場、郷土資料館、美術館、博物館などと・・・連携して、旅行斡旋業を展開する。どんどんグリーンツーリズムや体験学習を企画して、当該第三セクターが主体になって、積極的に、都市と農山村との交流を推進する。

 

 交流促進事業に対する国の助成制度も逐次充実していくだろう。当該第三セクターがその受け皿になるのだ。

 

Cクラインガルテンなど住民主導型PFIの地域展開

 

 グランドワーク、エコミュージアム、クラインガルテン、サステーナブルコミュニティーなどの住民主導型のPFIを可能な限り実施していく。

 

Dリゾートオフィス

 

 光ファイバー網の整備を関係機関に働きかけ、地域にあまねく光ファイバーが届くようにする必要があるが、当面、整備済みの区域に限って、リゾートオフィスを建設する。その建設には、プラットフォームが役に立つに違いない。

 

Eパロディー共和国の建設

 

 先の述べたパロディー共和国を建設し、受益還元型のPFI事業を展開する。

 

 開発業者に対して、優良田園住宅やリゾート関係施設の建設を働きかける必要もあろう。なお、当該第三セクターは、これらの大型の開発はリスクが大きいことにかんがみ、地元しては、力のある開発業者の・・・後押しに徹した方がよい。

 

 

                               以上

 

 

 

Iwai-Kuniomi