蝉丸神社

 

 

琵琶の名手蝉丸をまつる蝉丸神社は、逢坂山の麓は旧東海道沿いに三ケ所ある。

 

地元大津では下社、中社、上社と呼んでいるようだが、

一般には、

蝉丸神社といえば下社の関蝉丸神社のことをいうらしい。

京阪電車は大津の手前・上栄町で下りて

、国道を京都方面に戻ると、JR東海道線のトンネルが見えるが、

すぐその先が関蝉丸神社である。京阪電車の線路に面して入り口がある。

入り口は、線路の踏み切りがあって、風情がないが、

中に入っていくとやはりなかなかのもんだ。

歴史を感じさせる立派な神社である。

 

 

この蝉丸神社を関蝉丸神社と呼んでいるのは、関明神との合祀が行なわれたことによる。

関明神祠と合祀のことは定かでないが、

蝉丸神社は、

古来、 冷泉天皇の頃日本国中の音曲諸芸道の神とあがめられ、

音曲諸芸道で生きる人たちは、

必ず当神社の免許を受けることとされていたと伝えられる。

 


謡曲蝉丸と蝉丸神社(関の蝉丸神社)

幼少から盲目の延喜帝第四皇子蝉丸の宮を帝は侍臣に頼み僧形にして逢坂山にお捨てになった。

この世で前世の罪業の償いをすることが未来への助けになると諦めた宮も孤独の身の上を琵琶で慰めていた。

一方、延喜帝第三皇女逆髪(さかがみ)の宮も

前世の業因強く遠くの果てまで歩き回る狂人となって逢坂山まで来てしまった。

美しい琵琶の音に惹かれて偶然にも弟の宮蝉丸と再会し、

二人は互いの定めなき運命を宿縁の因果と嘆き合い、

姉宮は心を残しながら別れていく・・・・という今昔物語を出典とした名曲が謡曲蝉丸である。

 


この次にゆっくり謡曲蝉丸を観賞することとしたいが、

その前に、境内をゆっくり見て、

中社、上社にもちょっと足をのばしてみたい! 

 

[本殿] [関の清水]

[重要文化財の石灯篭] [小 町塚]

[蝉丸神社(中社)] [蝉丸 神社(上社)]

 


それでは謡曲蝉丸を観賞しよう!