崇導神社

 

早良親王の怨霊をお祭りするために建てられた。

もちろん祭神は早良親王である。

桓武天皇は、早良親王の怨霊を鎮めるために

崇導(すどう)天皇という諡(おくりな)が与えられた。

そこで崇導(すどう)神社という。

 

この崇導(すどう)神社は、

平安期において、

御霊(ごりょう)神社や北野天満宮とともに

御霊信仰の拠点になっていく。

 

以下、梅原猛さんの解説

(京都発見、1地霊鎮魂、梅原猛、新潮社、1997年1月、p16)

にもとづき説明をさせてもらう。

 

崇導神社は入り口は狭いが、

奥が深く、

裏山に小野妹子の子・小野毛人の墓がある。

 

 

 

 

 

 

この地は、知る人ぞ知る。

桓武と早良の母・高野新笠のふるさとだ。

 

百済系の人々が住んでいたらしい。

「鬼の子孫」・八瀬童子で有名な八瀬にも近く、

なんともはや妙なところだ。

陰陽道とも関係があるらしく、早良親王の鎮魂の地にはふさわしい。

 

5月5日は崇導(すどう)神社のお祭りである。

この祭りは奇怪な祭りである。

この祭りの主体は

神輿(みこし)と布鉾(ぬのぼこ)といわれるものである。

 

神輿に菊の御紋がついているところを見ると、

崇導天皇の御霊(ごりょう)の神輿であることは間違いない。

神輿は四ツ辻に出るとひどく暴れる。

崇導天皇の御霊が暴れているという表現だろう。

 

 

青竹に白い布を着物のかたちにぶら下げた・・・この布鉾は、

崇導天皇の亡霊そのものに見える。

布鉾の前には剣鉾(けんぼこ)が行く。

 


この小野郷という地を散策してみよう!

鞍馬電車は三宅八幡で降りて下さい。

 

Iwai-Kuniomi