台密

 

悟りに至る修行のプロセス・・・・、

これは、・・・・

東密では金剛界法と胎蔵界法で完結する。

 

金剛界法と胎蔵界法の二つをマスターしなければならない

という点は台密でも同じである。

その点は、台密でも基本的に変わらないが、

胎蔵界法の取り扱い方が大きく違う。

 

 

胎蔵界法には、蘇悉地法という修行の方法があるが、

台密では、これを特別に重視し、

金剛界法と胎蔵界法をひととおりマスターした後、

蘇悉地法を特訓する。

 

大漢語林には、

「悉地は梵語siddhiの音訳。成就の意。

真言の秘法を修めて自在神力の妙果を得ること。」

・・・・・とあるが、

「草木悉皆成仏」・・・・、つまり

人間も草木もこの世にあるすべての生きとし生けるものは、

すべからく仏になる・・・・、

そういう宇宙(大日如来)の真理すべてを一挙に体得する修行法・・・・・、

それが蘇悉地法であろう。

宇宙(大日如来)との一体化だ。

 

台密では、蘇悉地法を最終・最高の修行法とする。

蘇悉地法では、

鬼や天狗などの妖怪も信仰の対象である。

 

[比叡山の鬼大師]

 

台密は誠に怪しき世界だ!

しかし、

そういう誠に怪しい世界というものは、

逆に、

肩ひじの張らない、

ありのままの私でもある。

それは、

何となくほっとする

・・・・・懐かしい世界でもある

 

[鞍馬の天狗]

 

台密では、如来、菩薩、明王のみならず、星神諸尊天部護法のほか、いろんな妖怪などすべてが大日に帰依する変化身ととらえており、等しく帰依の対象となる。大日を中心にして諸仏や諸尊が同一円上にある・・・・、いうなれば「円の発想」・・・・ストーンサークル構造・・・それが台密である。極端に云えば、仏と妖怪との合体、それが台密ではないか。

東密では、大日如来菩薩明王が信仰の対象である。しかし、それら大日、如来、菩薩、明王というのはひとつのヒエラルキーを形成しており、その下に魔の世界があって天部護法)と妖怪が存在する。ピラミッド構造だ。鬼や天狗は妖怪の仲間だが、そういった妖怪は供養の対象になっても信仰の対象にはならない。

 

台密では、鬼大師も鞍馬天狗も人々に親しまれている信仰対象だ。

 

この世には、聖と邪、善と悪、平和と戦争、富と貧困がある。これらは相反するものではあるが、我々の心の中にもそれら相反するものが同時に存在する。ジキルとハイドは同時に存在するのだ。善でもあるし悪でもある。

河合隼雄さんの言っておられる「ネットワーク・アイデンティティー」が大事であって、「切れてはいけない」のだ。仏と妖怪をつなぐ糸や平和と戦争をつなぐ糸が切れれば、世の中はきっと危険きわまりない状態に陥るだろう。そういった相反するもの・・・これは間違いなく存在するのであるから、常に良好な関係においておかなければならない。関係付け・・・・、つまりネットワークである。悪なるものも・・・・、我々の中で、 我々の意識・無意識のなかでうまくネットワークされなければならないのだ。

 

台密こそ21世紀をリードする平和の宗教ではないか。

 


それでは、平和の旅を続けよう!

それには

どこよりも立石寺がいい!

 

 

 

 

 

 

Iwai-Kuniomi