泰山府君

たいざんふくん

 

中国の五岳の一つ東岳・泰山の神。東岳大帝ともいう。

 

註:五岳とは、山東省(さんとうしょう)の東岳・泰山、陝西省(せんせんしょう)の西岳・華山、湖南省(こなんしょう)の南岳・衡山(こうさん)、山西省(さんせいしょう)の北岳・恒山(こうさん)、河南省(かなんしょう)の中岳・嵩山(すうさん)・・・・の霊山をいう。これら五つの霊山は、紀元前五世紀末ころに定まったようである。天に聳え、地に広がる絶景の名山。深く濃い緑の樹木が生い茂り、清れつな滝が長く落ち、幽谷には精気に満ちた霞が流れている。こうした佳境を持つ霊山が尊ばれるのは自然の成りゆきであろう。中国では、国家鎮護の目的とともに、一般民衆の日常的な祈願をかける地として、全土に広く信仰されていた。

とりわけ東岳・泰山(とうがくたいざん)は、五岳の筆頭に位置付けられ、いちだんと深い信仰を集めてきた。秦の始皇帝や漢の武帝以来、「封禅(ほうぜん)」の儀式を行なう聖山としても知られている。東岳・泰山(とうがくたいざん)は、「封禅(ほうぜん)」の儀式とは、天下を統一した帝王が、その権力を誇示し、天に報告するという儀式だが、彼らのもうひとつの重要な目的は、霊山に、自らの不老長寿ないし昇仙(しょうせん)を祈願することだった。泰山府君はその東岳・泰山(とうがくたいざん)の神である。中国では特別の響きを持つ神である。道教では特別の響きを持つ極めて重要な神である。

 

山東省泰安県の泰山は古来,天神が降り,死者の霊魂が寄り集う冥府がある霊山とされた。この山にあって人間の寿夭(じゆよう)生死をつかさどり,死者の生前の行為の善悪を裁く神として信仰されたのが泰山府君であり,その起源は後漢(25‐220)のころにまでさかのぼりうる。

魏・晋以降道教の成立にともなって,新たに北方の果ての冥府羅都(らほうと)とその支配者北大帝が説かれるようになると,泰山は羅都への中継地,泰山府君は北大帝の下僚とされた。

さらに仏教の地獄説と習合すると,泰山府君を閻羅大王麾下の地獄の十王の一人とする十王信仰が成立して民間に盛行し,日本にも伝わった。

 

しかし,泰山府君の信仰は終始衰えることなく続き,泰山の碧霞宮(へきかきゆう)を初めとして各地に泰山府君を祭る東岳が建てられた。その誕生日とされる3月28日には盛大な祭りが行われ,中国の民間信仰の代表的なものの一つであった。⇒東岳

                        麦谷 邦夫

 

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