百鬼夜行 土佐光信  大徳寺真珠庵蔵

 

百鬼夜行というのは、いろいろな種類の器物が鬼形をあらわにして群がりながら行列するさまのことをいう。平安時代からの言い伝えである。

「今は昔、一条桟屋敷にある男とまりて、傾城と臥したるけるに、夜中ばかりに風吹きて雨降りてすさまじかりけるに、大路に諸行無常と詠じて過ぐる者あり、何ものならんと思いてふしど少し押し開けて見ければ長は軒と等しき馬の顔なる鬼なりけり。おそろしさにふしどをかけて奥に入りたれば、この鬼、格子押し開けて顔を差し入れてよく御覧じつるな御覧じつるなと申しければ、太刀を抜きて入らば斬らんと構えて女をそばに置きて待ちけるに、よくよく御覧ぜよと言いていにけり。百鬼夜行にてあるやらんとおそろしかりける。」(宇治拾遺物語)

 

徳のある身分の高い人だけにみえた百鬼夜行のありさまである。このようにひとびとは百鬼夜行を心から信じた。文字につらねた。絵にもかいた。大和絵の絵師で土佐派の第一人者、土佐光信が描いた室町時代のこの「百鬼夜行」もそのひとつ。

 

鎌倉時代の藤原経隆筆「百鬼夜行」とともに鎌倉・室町時代の妖怪画の代表作である。縁起絵詞の流行の一端をも担ったこの作品は、後世の絵師たちの妖怪変化絵に大きな影響を与えた。

 

 

土佐光信(藤原光信)には、このほか、疫病が鬼の形をして群行する融通念仏絵巻や、清水寺縁起、勧修寺縁起、北野天神絵巻などの作がある。

Iwai-Kuniomi