牛祭りの日

 

 

 牛祭りの日は、太秦の各町内は、夜の牛祭りのために昼からその準備に忙しい。蚕の社ではささやかだが神輿の行列が行なわれる。大酒神社までの行列である。今のものがいつから行なわれるようになったか判らない。昔の痕跡が何ほどか残っているのか残っていないのか、それは判らないが、まあいいではないか。

 

 

 

 

 

 

 

神輿の行列は、

蚕の社から大酒神社までのわずかな距離だが、

今日はお祭りだからね。

楽しくやりましょうよ!

神輿1] [神輿2

 

そのあと、夜の牛祭りは、伝統の祭り!

古るい、古る〜い祭りだ!

かの円仁が始めたといわれている。

京都五山の送り火もそうだ。

円仁は大した人だ。

 

 

この提灯が夜うし祭りに参加する。

大事な提灯だ。

 

大酒神社は、広隆寺との中間ぐらいにある。

 

現在でこそ、ネコの額ほどの土地しかない、小さな小さな社だが、

その昔は、

近くの広隆寺の境内に鎮座し、

秦氏(はたし)の総鎮守として、

秦氏の人々からこの上ない尊崇を受けていたという。

 

 明治時代の神仏分離政策に伴い、

大酒神社は広隆寺境内から切り離され、

少し北東の現在地へ遷座した。

小さいけれど、歴史的には、誠に重要な神社である。

 

本来、大酒神社は、広隆寺と一体のものである。

 

だから、

大酒神社のイメージとしては、

広隆寺のイメージで考えて欲しい。

それでは、まずは、広隆寺のイメージだけを掴んで欲しい。

 

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広隆寺の弥勒菩薩半跏思惟像は

このホームページがいい。

 


ぼちぼち牛祭りが・・・・・・。

次第、次第に人も集まってきた!

広隆寺へ参ろうか。

参ろう!参ろう!