山寺

 

奪衣婆(だつえば)

俗に「だついばばあ」という。三途の川の畔におって死者の着物を脱がせるのだという。ここはいうなれば「浄土口」、・・・・「地獄の入り口」であり「極楽の入り口」でもある。ゆめゆめ地獄に行くことのないよう本堂など充分にお参りしてようやくここにやってくるのだ。そして、そばの岩清水で心身を浄め、新しい着物に着替えて極楽に登るのだという。娑婆の古い着物は「だついばばあ」に渡せばいい。

 

先に、私は、山寺を「誠に怪し気な寺」と書いたが、まさに山寺の本質はそこにある。千歳栄さんが言っておられるように、山寺はわが国でも希少な深い精神性が漂う聖地である。なぜ、それが山形にあるのか?・・・・これも千歳栄さんが書いておられるので、しばらく山形の何たるかを垣間見て欲しい!

 

また、私は、先に、歴史上もっとも平和な時代は平安時代であり、そのような平和な時代を築いた基礎として平安遷都と東北経営がある、そしてその東北経営の主役は言うまでもなく坂上田村麿であるがその影に円仁がおり、その活動拠点が山寺である旨を述べた。円仁の足跡を訪ねる前にまずは坂上田村麿の足跡を訪ねよう!

 

 

さて、

山寺の奇岩怪石と称される岩塊の特異な景観は、

立石寺への信仰と深く結びついて、

宝珠山の独得の聖域をつくりあげた。

 

 

 

山寺独特の塔地形

 

 

 

 

風化穴(タフォニ)

 

 

 

 

雨触、風触の連合作用によりこんな洞窟が随所にある

 

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Iwai-Kuniomi