副政策委員長・評議員 吉田 春樹

 

東アジア経済共同体構想と日本の役割

 

 東アジアにおいて、日本には、過去の歴史問題がある。その受け止め方については微妙な個人差があるが、日本がこの地域の繁栄と平和に貢献しなければならないことについては、まず異論のないところだろう。このことは、世界の繁栄と平和にも寄与するものである。

 21世紀は、人間が、人間としてより豊かに生きていく道を摸索する世紀である。日本国際フォーラムの政策提言「東アジア経済共同体構想と日本の役割」において、その理念を、自然環境を生かした人間性豊かな理想郷を建設することとしたのも、このような考え方に基づくものである。

 

精神的豊かさ伴う経済発展

人類が、その文明の進歩で達成した成果を享受することは、時代と場所を問わず人々の権利である。経済共同体は、まさにこのような権利、人間としての豊かな生活を実現するための手段である。発展途上国の経済はますます発展しなければならない。

しかも、それは、単なる物質的豊かさにとどまってはならない。それを超えなければならないのだ。ところが、経済的発展は、その物質的豊かさすら損なうことがある。この東アジアに二度と「水俣の海」や「四日市の空」をつくってはならないと強く願う。人類が求めるのは、真の物質的豊かさと同時に、それを超えた精神的豊かさであるはずである。

東アジア経済共同体・ECEAの主軸になるのが自由貿易協定(FTA)の締結であるとすれば、それは当然各国・地域、中でも途上国・地域の経済的発展、すなわち産業の工業化を促すことになる。参加する国・地域の目的もそこにある。日本のような先進工業国の場合も、国内の一層の発展はもとより、広く域内全体の生産基盤の整備、市場の拡大を願うはずである。

しかし、東アジア域内の総人口20億人、このうち既に工業化の進んでいる地域を除いても十数億人、これらの人々が短期間に一斉に工業労働者になれるわけではない。なぜならば、そのことは当然に都市人口の急膨張と農村の荒廃を意味するからである。決して人々の幸福にはつながらないのだ。

この東アジアは、大半がモンスーン(季節風)地帯に属し、世界の中でも緑に恵まれた地域である。ごく一部の例外を除き、すべての国・地域が海に面し、水産業が発達している。海と山では、海風が山に雨をもたらし、その雨が植物をはぐくみ、その植物と河川が海でプランクトンを発生させ、そのプランクトンが魚の餌になるという関係にある。

東アジア経済共同体・ECEAは、人々に文明の進歩を取り込んだ物質的豊かさをもたらすものでなくてはならない。しかし、同時に、それは自然がもたらす物質的豊かさを損なうものであってはならないのだ。文明の進歩は、人々の精神的豊かさを大きくする。しかし、自然の恵みもまた人々に無限の精神的豊かさを与えてくれるものであるからである。

 

農業保護はもう通用しない

楽観論に過ぎるかもしれないが、東アジアでは、このような考え方は理解されるのではないだろうか。問題は、この域内で、そうは言っても、地政学的な差があり、また歴史的にも産業発展の段階にも差のある国・地域間で、お互いに、いかに公平に経済共同体創設のメリットを享受できるかであろう。今回の提言で、これらの点についても抽象的な考え方は織り込んだつもりではあるが、これをいかに具体的な姿で実現するかは、これからの課題である。

このこととの関係で、農業の貿易自由化について一言触れておかなければならないだろう。今回の提言では、日本に、農業の完全な自由化を求めた。この東アジアで、たとえそれが単純なFTAの実現であれ、農業は別だということは、もう通用しない。農業の保護にこだわるためにFTA締結交渉が思うように進まないことのデメリットを、もっと深刻に受け止めるべきである。

 もちろん、日本の農業がどうなってもいいというのではない。日本列島もまた緑は大切にされなければならない。しかし、食料自給率の問題もあり、農業を守ろうというのであれば、もっと農業改革を進めようではないかというのがこの提言での主張である。

前述の通り、東アジアはヨーロッパと異なり、各国・地域の経済発展段階には大きな差があり、歴史的背景も多様である。この地域に経済共同体を創設するということは容易なことではない。しかし、日本がそのことの主導権を握ろうというのであれば、それだけの負担と痛みは覚悟しなければならないのだ。周知の通り、中国は、ASEANとのFTA交渉を進めるに当たり、既に農業については完全自由化を宣言しているのだ。

 

閉塞感から抜け出す国家目的に

日本は、これまでにこの東アジアに巨額の資本投資、技術移転を行い、さらに政府開発援助(ODA)を実施して、その発展に寄与してきたという実績を有する。加えて、日本は、その国内総生産(GDP)や対外純資産の規模、産業技術力など総合的に見て、世界のトップクラスに属する経済大国である。その日本が、国の強い意志として、この東アジアの繁栄と平和のために何ができるのか。この部分は、起案責任者としての筆者の個人的所感であるが、この提言にはこのような思いが秘められているのである。また、そうであるからこそ、そこに単なるFTAを超えた理念を織り込んだつもりである。

このような国家目的を持つことは、それは同時に国内改革の強い動機付けにもなるのだ。

日本は、何としてもこの閉塞感から抜け出さなくてはならない。しかし、日本がイニシアチブを取ってECEA構想を進める好機は長くは続かないだろう。なぜならば、変化の早い時代で、5年もたてば世界の形勢は大きく変わり、東アジアの姿も一変するからである。今ならば、東アジアに関心の強い米国の理解も得られるのではないだろうか。

[ 『世界週報』 2003年8月5日号より転載 ]

 

吉田 春樹  日本国際フォーラム副政策委員長・評議員。  東京大学卒業。1959年日本興業銀行入行。1965−1966年スイス銀行、ドイツ銀行にて研修。1977−1980年和光証券企画管理室長。1987−1991年日本興業銀行取締役産業調査部長。1991年和光経済研究所専務。同社長、理事長を経て、2000年より吉田経済産業ラボ代表取締役。

 

 

 

 

 

 

Iwai-Kuniomi