河童を見た人の話 「芋銭河童百図」より
(その一)夜船にあらわれたカッパ
明治三十九年の秋のことだ。常陸波崎村(今の鹿島郡波崎町)の漁師篠塚平五郎さんと仁助さんの二人はな、利根川にサッパ舟をこぎ出し、ウナギ取りをしていたそうだ。
夜も刻々と深まり、ウナギうけを引き上げるポチャポチャという水音だけが聞こえるだけ。
その時、二人はギョッとして顔を見あわせた。舟のへりに、不思議な化け物が、うずくまっていたのだ。
背たけは六、七才の子供ぐらい、ボサボサの髪は肩までかかり、その眼はネコのようにギラリと光っていた。手にも足にも水かきがあって、もみじの葉っぱのようだった。
二人ともすぐカッパだとわかった。鳥はだが立つほどおそろしかった。しかし、弱見をみせたら何をされるかわからないと思い、川の藻を切り払ったりするナタをつかみ、カッパをにらみかえした。
カッパは声ひとつ出さず、ちょっとにが笑いの素ぶりをみせた。それから、首を二度ばかり横にふり、川に飛び込んだ。
不思議なことに、まるで小石が落ちたぐらいのポチャンという水音がするだけだった。
(その二)印旛沼の一本足
あったんだよ。印幡沼に、佐久知穴というのが……、昔な。
穴の大きさは五、六メートルぐれえで、底は深くてね。水が湧き出てよ、五、六十センチも吹きあげてるんだ。こんなのが、印旛沼には、五つ、六つあったよ。佐久知穴というのには、イナ(ボラの幼魚)やフナがウジャウジャ集まるんだ。だから印旛の漁師はな、佐久知穴に投網うちに出かけるんだよ。
そうさな、あれは梅雨の頃さなぁ。ジメジメした雨がやんで、ちょっと晴れ間がのぞいたんで、おいら、一人で佐久知穴にいったんだが、着いたときには、また、雨が降ってきちまった。
おっかなかったよ。あん時は……。
なにしろ、水面すれすれにな、ほたるのような青い火がフラフラと動きまわっているんだ。おら達はこれをカワボタルとか亡者の陰火と呼ぶ。
うす気味悪いもんだから、急いで船のろをこいでもどろうとしたんだ。そん時、バシャバシャ音がしたんでふりけえってみると、穴んところで子供ぐれえのもんが泳いでいる。
そいつは魚のめん玉見てえにギョロッとした目玉で、こっちをにらんでるんだ。
体中がうろこだらけでな、沼から両手をあげてケケケッとわめいたぞ。そいつは、バシャッと一度水面からはねたんだ。いやあ、あれは魚のひっぽみてえだったが、やっぱ人間と同じような足だったな。びっくりしたよ。一本足の河童だったのさ。
あんなもんにつかまったらおしめえだからな、もう夢中で逃げ帰ってきたんだ。
おいら、それ以来、もう佐久知穴にはいってねえよ。
今じゃ、印旛沼に佐久知穴があったことを知る人もめったにいねえからな、この話を信じる人はもういねえか?
(その三)河童と川牛
霞ケ浦には、つり鐘が沈んでいるといういい伝えがある。
聖武天皇の時代、今の石岡市は府中と呼ばれ、常陸の国府だった。
その国分寺に二つの大きなつり鐘があり、その鐘に多量の黄金がふくまれていることを知った大悪党が、ひとつのつり鐘を盗み出した。十人がかりで霞ケ浦の岸まで運び、船に積み込み運び去ろうとした。ところが、三又沖まで漕ぎ出すと鐘がうなり出した。悪党どもが、耳を澄ませて聞くと、
「国分寺雄鐘恋しやゴーンゴーン」と鳴っている。
びっくり仰天した悪党どもは、つり鐘を湖に投げ込み逃げ去ったというのだ。いらい、風雨のはげしい夜には、湖底でつり鐘もゆれるのか、人が泣くようなゴーンゴーンというひびきが聞こえてくるというのだ。
ところで、この昔からのいい伝えに、木下川岸の高瀬川の船頭が興味を抱いた。
「おいら、子供のじぶんから素もぐり(水の中にもぐること)が得意だからいちど霞ケ浦の三又沖にもぐって、つり鐘が本当にあるかさがしてみるべえ」
馬鹿なことはやめろと仲間にいわれたが、波が静かで水がよく透き通っている日をねらって、船頭は三又沖の湖にもぐったぞ。
二、三百メートルすすんでは湖に潜り、四回ほどくりかえしたときだ。
湖の底がちょうどアリ地獄のようにえぐれている深い所があった。
「ひょっとすると、つり鐘があるかもしれねえぞ」と胸をおどらせ、船頭が近づくと、大きくて黒いものがいて、そのまわりを二、三匹、魚とはちがうものがスイスイと泳いでいた。
「か、河童だ!」
船頭はもがいた。黒いものが、ムクムクと起き上がった。頭には、二本の角がある。目はランランと光っていた。
「う、うわっ」と、身ぶるいをした船頭は、急いで舟に戻り、懸命にろをこいだという。
その翌年の正月の四日、大杉さま(稲敷郡桜川村の大杉神社)参拝の日の晩、亀屋旅館に集まった利根川河岸の船仲間の前で、木下河岸の船頭は、この話をした。
すると、銚子河岸の老船頭が答えた。
「それは、川牛ちゅうもんだ。利根川河口にある水神宮さんもよく川牛に化身してよそに出かけるというが、おめえさんが見たもんは水神が化身するという川牛と河童よ。正月そうそう、おれたち船頭には、縁起のいい話じゃねえか」
その時、利根川中の船頭が、いっせいに手を叩いて喜んだそうだ。
(出典:「利根川おばけ話」加藤政晴著 崙書房)