鞍馬寺

 

登ってきた上がり口を金堂より見る。

阿吽の虎は本来由岐神社にあるのだが、金堂でもにらみを利かしている。

 

虎は鞍馬寺と深い関わり合いがある。金星から降臨したサナートクマラの霊波を 受けて、鑑鵜(がんてい)上人は鞍馬山上に 導かれてきたのは、宝亀元年正月4日午前4時、つまり寅の年、寅の月、寅の日、寅の刻であった。そして、 燦然と輝く太陽の中に 毘沙門天を拝したのであった。サナート・クラマが毘沙門 天の姿をとって降臨されたのだが、そんなところから、 虎は、鞍馬寺に大変関係の深い神獣となっている。金堂に安置された毘沙門天、吉祥天、ゼンニシ童子は国宝だが、「阿吽の虎」がこれらをおまもりしている。

金堂からの眺めはすばらしい。

一時間少々でこんなところに来れるなんて京都人はなんと恵まれていることか。

 

 

毘沙門天が降臨されたという金堂前の翔雲台(しょううんだい)

 

金堂はいうなれば本堂で毘沙門天が祭られているのだが、鞍馬には奥の院魔王殿が在り、あのサナート・クマラが祭られている。毘沙門天はサナート・ク マラの別の姿だとも言われているので、奥の院魔王殿の方が宇宙性があるのかもしれない。

 

サナート・クマラは、今から650万年前、はるか宇宙のかなたの金星から、白熱の炎に包まれ天地を揺るがす轟音とともに、地球に降臨された。

 

その聖なる地点が、鞍馬山奥の院魔王殿のあるところであった。

 

サナート・クマラは、世界性を包含した宇宙神であり、様々な姿をとる。毘沙門天も

そうだが、白髪の僧形をとるときもあれば、愛らしい童形で現出することもある。極

めて日本的な姿としては「天狗」もそうだ。義経が牛若丸といった頃、鞍馬寺でこの

天狗から変幻AL自在の兵法を教え込まれたが、この天狗も、実は、サナート・クマラ

が姿を変えて出現たのであった。

 

サナート・クマラの姿を描いた人がいるというのだが・・・・・。

 

 

 

こうした伝承への興味は尽きない。だが、鞍馬寺の初代貫首・信楽香雲の著した「鞍

馬山歳時記」によれば、さらに驚くべきことがある。

 

サナートクマラは、もともと地下の魔界の支配者であるが、その魔界への通路は、地

球上では北欧、ヒマラヤ、南米そして日本の4カ所しかなく、日本のそれがこの鞍馬

というのである。そして、サナート・クマラの究極の使命は、遠い将来、地球に破局

が訪れたとき、人類を誘導して水星に移住させることにある。

 

私の解釈としては、その魔界への通路とはいわゆるタイムトンネルのようなものであ

り、サナート・クマラはその4次元の世界を使っ<て我々人類を水星に誘導するので

はなかろうか。

 

 

 

鞍馬寺は奥の院魔王殿、その付近はいつも不思議な霊気が漂っている。昼なお暗い杉

木立の中、むき出しに累々とした奇岩は、2億5千年前に海底から隆起した水成岩で

ある。

 

時空を超えて地球にやってきたサナート・クマラの舞台にふさわしい。

 

 

 

 

ヒマラヤ山中でおこなわれている満月祭と同じ祭りが鞍馬で行われているのは、全く

不思議だ。


貴船もなんともはや不思議な世界だ。

さあ、参ろうか! 参ろう。参ろう。