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神泉苑 平安初期庭園の遺跡。京都市中京区門前町に所在。 ![]() 神泉苑は立地がよく、豊富な水をもつ大規模な自然園に近い園池に人工的な部分を加えたもので、池に南面して左右対称の堂々たる建築をもっており、まもなく寝殿造や浄土庭園として形を整えてゆく前駆をなすものであったという。 <日本紀略>800年(延暦19) 桓武天皇の行幸記事が初見で、802年2月には早くも舟を浮かべ,この月は4度の行幸があった。3月には観花、5月には競馬、7月には納涼、七夕、相撲、9月には射術、琴歌、挿菊の遊びがあった。また詩賦吟詠、狩猟、釣魚なども行われたようだ。 神泉苑でのこれら宴遊は桓武天皇末年から平城・嵯峨両天皇の間が最盛期であり、天長年間(824‐834)以降は、神泉苑は信仰の浄地とされ祈雨、止雨の霊場とされた。空海の祈雨修法の伝説は名高い。 鎌倉・室町時代には何度か補修されたが荒廃の一途をたどり、慶長年間(1596‐1615)の二条城造営により北部4分の1が城内にとりこまれた。江戸時代には民家に侵食され現在にいたっている。全く見る影はない。 京都はもともと風水の思想で作られたのであり、又「循環の思想」からしても、「水の復権」がないかぎり京都の発展は望むべくもない。今京都が取り組むべき最大の課題は「水環境の整備」というか「水の復活」だ! |
テクテク京都!
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