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車折(くるまざき)神社
![]() 昔、大堰川が辺を流れていて、時々大洪水が出て荒れ狂う多らしい。その都度官吏である清原の氏人を選んで、その復旧工事の監督を命じ領地であったからである。この神社の境内地もその領地の一部であって、祭神清原頼業公の墓所を営み、お墓は現在の神殿の下にあって法名を宝寿院殿と称えた。 大堰川の治水については、現在この境内より少し南の方松尾の里に至る土堤を築いたこともある。これをフシ原堤という。清原氏の分家である伏原家の家領に分譲された。 また、古来、大堰川の出水には、いつも付近の住民が苦しめられていたので、この里に住んでいた秦氏の人たちもこの川の周辺に神々を祀って治水を祈り、常に灌漑用水に力を入れて五穀の豊穣に意を用いた。嵐山の麓を流れる大堰川に堰堤を築いたのは秦川勝公と称せられ、今に大堰川と呼ばれている。 ![]() また、車折神社では、この水神社において、三船祭の斉行の由を奉告し水上行事の安全を祈願することとなっている。 |
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