ふるさと創生・新たな展開を期して
平成9年7月5日
参議院議員 岩井国臣

■はじめに

 岩井國臣でございます。平成元年から平成4年まで丸三年間、足かけ4年でございますけど、広島におきまして、中国地方建設局長をさせていただきました。島根の皆様方にも、何かとお世話になったかと思います。たいへん楽しい、充実した3年間を過ごさせていただきました。ありがとうございました。

 先ほどご紹介ございましたが、ひょんなことから参議院議員をやるというようなことで、今このような立場になっておりますが、地域づくりの問題は、今もなお私の最大の関心事というか課題になっております。広島の時代にもいろいろと取り組みましたけれども、過疎問題は、今もなお、私の一番ですね、やはりその、気になるところでございます。大きく言えば国土の均衡ある発展と、こういうことになる訳ですけども、それぞれの地方の、特に中山間地といいますか、過疎地域の問題が私の頭から離れなくってですね、今なお、そういった運動を展開しております。

 竹下先生には、何かと気を遣っていただきまして、私の気分といたしましては、竹下学校の末席にですね、置いていただいておるように感じております。竹下先生の「ふるさと創生」、・・・・・・この問題につきましては私のライフワークとして取り組んでいきたい、そういう風に思っておるわけでございます。

 今日は、そういうことでですね、・・・・・いろいろまあ参議院議員としてお話したいこともある訳でございますけれども、・・・・・「ふるさと創生 新たな展開を期して」という演題で、私の考えといいますか想いというものを聞いて頂きたい、そう思うわけでございます。

 私は、一昨年、参議院ということで全国を走りまわりましたときに、「共生」、ともに生きるの共生というようなことを言いながらですね、全国を走りまわりました。ところがですね、あまり自民党の中で共生というようなことをいわれる人が、少ないんです。どちらかといいますと、新進党の連中が、共生というようなことを盛んに言っている。しかし、共生というのは、やはり多神教なんですよ。多神教というかですね、いろんな立場のものがですね、お互いの立場を理解しながらですね、うまくこの世の中を住みわけてですね、共に生きていくということですから、それはもう、創価学会とですね、全然相容れないんですね。新進党の人が共生、共生と言っている・・・・これはおかしいですね。まあ、国民を惑わすもの以外の何ものでもない・・・私はそのように思っていますが、我々は多神教ですから、まあそれも許容しますか。

 今都議選をやっておりますが、その中で初めて、自民党・東京都連がですね、「共生都市・東京」というようなことでやっております。組織的に、自民党の中で、共生ということを前面に出して言ったのは、これが初めてではなかろうかと思いますが、そもそも共生という言葉はですね、黒川紀章さんが昭和三十年代に言ったんですね。「共生の思想」ということを言ったんです。私は、広島におるころから、そんなことを言い始めました。私は、「共生の思想」こそ我が自民党にふさわしい考え方ではなかろうかと思っておりまして、・・・・・東京都連が初めて「共生都市 東京」と、高らかに謳い出したことについて大変喜んでおるのでございます。

 過疎地域の問題が大変でございます。これから大いに頑張って、「ふるさと創生 新たな展開」にとりかからなければならない。夢を持って、ロマンを持って、過疎地域の地域づくりの問題と取り組まなければならない。私はそう考えております。ところで、ロマンある地域づくりとは何か、・・・・私なりに定義をしておりので、まずそれをお話したいと思います。それはですね、・・・・まず、土地の自然的特性を、どのように生かすのか、・・・・これが大事。それと、・・・歴史、文化、その地域の持つ歴史、文化というものをどのように生かすのか。そして、中途半端でなくって、本物志向ということですね。人々の心の深層部分を震わすようなですね、配慮をしなければならないわけですが、・・・・・まあそういった自然というものを、あるいは歴史文化というものを、どのように生かすのかということが極めて大事であります。

 しかし、より大事なのは、そういった地域づくりをですね、「共生の思想」でやらねばならない。こういうことでございます。で、今日は、「共生」、「共生の思想」に基づく地域づくり、新たなふるさと創生というものを、少しお話をしたいわけでございます。
サステイナブルコミュニティー

 今アメリカで、「サステイナブル・コミュニティー」、まあ名前はどうでもいいんですけれども、要するにコミュニティーの問題が大変大きな問題になっているんですね。これはどういうことかといいますと、戦後、大勢の帰還兵が帰りますね、ヨーロッパ戦線やら、日本にも駐留しておりましたが、その住宅問題が大変大きな問題になりました。特別の住宅の部局ができてですね、相当低利の資金を貸し付けたりしてですね、どんどん新しいニュータウンの建設に入るわけです。必要な道路その他の基盤整備などももちろんやってですね、どんどん、大都市の周辺にニュータウンができます。「エッジシティー」とアメリカでは呼んでおりますけれども、「エッジシティー」、大都市周辺のですね、ニュータウンがですね、どんどんできる。すばらしい環境なんですね。私たちが見たらそう思うんです。結構緑は多いし、プールやテニスコートや公民館やら、近くにゴルフ場もあるし、申し分ないと。日本みたいに土地が狭いということがないわけですから。充分ですね、敷地も取ってですね、立派なまちづくりをやっている。

 ところがですね、どうもその、「ふれあい」というものがない。・・・・ご夫婦共稼ぎで、無理して借金してですね、家買ったりしているんですから、まず家庭の中でのコミュニケーションが思うようにいかない、と。それからやっぱり、都心部の大変な交通混雑を我慢しながら毎日通勤するわけですけど、近所の人とはですね、ふれあうチャンスがあまりない。そういうことで、コミュニティーが成り立たない。

 ところでアメリカの民主主義というのは、開拓時代から、そもそもコミュニティー単位で発達してきたと言われておりますが、コミュニティーが成り立たないということは大変な問題であるようなんですね。民主主義の基礎がコミュニティーにあると、いうことらしいんです。そのコミュニティーの機能、コミュニケーションという機能、ふれあいという機能が、なくなってきている。これはえらいことだというようなことで、実は、今大変な問題になっておるようであります。

 「我思う、故に我あり」・・・・・これはデカルトの哲学ですよね。ですけどどうもですね、この哲学はもう、ちょっと古臭いのではないか。中村雄二郎さんという、今をときめく哲学者がおられますけど、その方が、そのようにおっしゃってます。そして中村さんはですね、人間の本質はコミュニケーションにある、ふれあいにある、ということで、「我語る、故に我あり」まあこうおっしゃっているんですね。まあこれ、中村哲学でありますが、それが私のいう「共生の哲学」であると・・・・私は思っているわけであります。ともかくふれあいというものがないと人間らしい生き方というものができない、というふうに思います。

 町というものは、住民が、その土地にですね、愛着を持って、そしてその土地の文化とか伝統というものを育んでいくものでなければならないわけでありますが、今言いましたように、アメリカのほとんどのエッジシティーではですね、おおよそ、そういうふれあいがなくなってきている。いうなればコミュニティーとしての機能が欠落しているわけであります。

 そしてまたアメリカで言われておりますのは、自然の問題、自然が破壊されてですね、自然の、・・・・・水の循環サイクルが切れちゃった。切断された。で、地下水が枯れてしまうのではないかという心配もいろいろと出てきているわけでありまして、水の問題は間違いなく、町の成長をストップさせるのではないかというようなことも、ささやかれておるのでございます。

 で、今言いました、アメリカで問題になっておる「サステイナブル・コミュニティー」という問題はですね、私の考えでは、それは結局「共生の思想」にもとづく地域づくりの問題ともいえます。
■ロマンある地域づくりの実践

 我が国におきましては、これから大都市地域におきまして特にですね、そういう「サステイナブル・コミュニティー」といった問題が、大変大きな問題になってくるかと思います。私自身も東京に住んでおりますし、私が事務所長をしておりましたのは東京の多摩川なんですが、私は、その多摩川を中心に・・・・大都市におけるコミュニティーの問題と取り組みたいと考えております。多摩川は都市河川の典型でございますが、その多摩川におきまして、「共生の思想」にもとづく川づくりとか、「共生の思想」にもとづく地域づくり・・・・そういった問題を実践したいと考えております。「たまがわネット」というようなものを作りまして、今いろいろとやっておりますが、しかしですね、大都市におきまして、自然との共生を図るなんてなことはですね、まあ実際問題として、大変難しいと思います。やはりその自然との共生という点に限って言いますとですね、農山村地域にその場を求めなけれぱならない。そして、「共生の思想」にもとづく「ロマンある地域づくり」というのはですね、やはり農山村地域でなければできないというふうに思っております。

 ドイツにおきまして、1960年といいますから、まあ昭和35年頃ですね、その頃、都市部から農村部へと人口の逆流現象が始まったようです。そしてその頃、「美しき我が村運動」というのがですね、「我が村を美しく」とも言いますけれども、そういう運動が大変盛んになるわけでございまして、おそらくこの中にもですね、「美しき我が村」というようなことで、ドイツに視察に行かれた方がおられるんじゃないかと思います。 そしてまた、アメリカではですね、今、片方でエッジシティーの問題が、コミュニティーの問題が問題になっておるのと同時に、「アメリカの小さな町ベスト百」と、そういう本がベストセラーになっているということでございまして、先ほど申しましたエッジシティーから、さらに遠く離れた「小さな町での生活」というものが大変クローズアップされておるようでございます。

 そしてそこで問題になっておりますのは、わが国の過疎問題もそうでございますけれども、やはり職業の問題、職場の問題でございます。その点につきましても最後に触れますけれども、もう少し基本的な話を続けさせていただきたいと思います。ドイツの「美しき我が村」を語るとき、或いはアメリカの「小さな町」を語るとき、或いはわが国の過疎地域におけます「ロマンある地域づくり」を語るとき、私はやはり単なるノスタルジアで語ってはいけない。情緒的な話ではいけないというふうに思っております。今や、先ほど申しました「共生の思想」にもとづく地域づくりの問題は、二十一世紀における、これからの「第三の文明」というものと密接に関係してのであり、そのことが十分認識されなければならないと思います。「共生の思想」にもとづく地域づくりの問題は、そういう極めてですね、大事な、基本的な、我が国にとっても基本的な問題だとそういう認識に立つべきだと思います。
■「第三の文明」と「共生の思想」

 私は京都大学の山岳部でございまして、我々のボスに、今西錦司という誠に偉い方がおられまして、もう亡くなりましたけど、この方が「棲み分け論」をおっしゃってますね。ダーウィンの進化論、我々も小学校・中学校とダーウィンの進化論を習うわけですれども、あれは適者生存で、厳しい弱肉強食の世界でありますが、あれはどうもおかしい、てなことをですね、今西さんは言っておられます。大変かぼそい生物もですね、上手くこの世の中を住み分けて立派に生きているではないか、というのが今西さんの棲み分け論。

 もう一人尊敬する哲学者で梅原猛さんという方がおられますが、この方が、やはりこれから21世紀ですね、今のヨーロッパ文明ではやっていけなくなるだろうとおっしゃっております。じゃあ東洋文明かというと、そんなことないですね。西洋文明と東洋文明の混然一体とした中からですね、「第三の文明」というものが出てこなければいけない。そしてそのリーダーシップを日本が取らなくてはいけない。まあこうおっしゃっているわけですね。そしてその「第三の文明」の原理というものは、「循環と共生」だとおっしゃっておられるわけであります。

 まあ、あともう一つ例をあげるとするとですね、・・・・・フランス革命100年ということで、ヨーロッパのあの自由の女神ですね、あれ20世紀のまさに世界のモニュメントだと思います。ベルリンの壁が破れて、ソビエトそのものもなくなりましたが、まさにこの20世紀はですね、自由の女神の勝利に終わろうとしているわけです。しかし、果たして21世紀はどういう世紀になるのか。フランス革命200年ということで、フランスから、今度はアメリカではなく日本に提案があって、あの阪神大震災の、淡路島の北端にですね、明石大橋のたもとに、21世紀のモニュメントができる予定でございます。いろいろと関係者がやっておりますが、そのテーマがコミュニケーション。まさに21世紀はコミュニケーションの時代になっていくのではなかろうか、とこんなふうに思っております。

 時間があまりないので、端折っていきますけれども、そういうふうにですね、財政改革、金融改革、行政改革、教育改革、その他諸々の改革をやらなければなりませんが、私は、やはり、これからですね、そういうコミュニケーションとかコミュニティーとかですね、ふれあいとか交流とかですね、そういうことが、極めて大事になってくる、そしてそれを実践しうるのはですね、都市部というよりも、むしろ農山村地域

 ではなかろうかなと、こんなふうに思っております。もう一度、過疎地域における、といいますか、まあどこでも同じことでございますが、ロマンある地域づくりをどうすすめるのか。・・・・・その地域の潜在的な諸条件を徹底的にですね、どのように生かすのか。歴史、文化というものを徹底的にどのように生かすのか。こういうことが問題にならなければなりません。そして、進め方といたしましては、「共生の思想」にもとづいてやって頂きたい。

 「共生」とコミュニケーションと連携、この3つの言葉は少しずつニュアンスが違いますけれども、哲学的には同根の言葉でございまして、「共生」というのは多少相手を傷付けてもいいんです。相手を殺すというようなことがなければ、「共生」というのは多少相手を傷付けてもいいんです。コミュニケーションというのはそういうことがあってはいけないわけで、相手の立場になって物事を考える。何も同調する必要はない。連携となりますと、一部でいいから、「それはいい、よし一緒にやろう」というようなことで、同調しなければならない。このように少しずつニュアンスが違いますけども、まあ同根の言葉でございまして、そういうことを充分念頭においてこれからの地域づくりを進めていって頂きたい、このように思うわけでございます。共生、コミュニケーション、連携であります。
■都市と農山村との交流

 おそらく、都市部におきましては、大都市部におきましては、先ほどいいました「サステイナブル・コミュニティー」というようなことはなかなか難しいし、今言いました「ロマンある地域づくり」というのもですね、難しい。自然との共生というのは、実際問題としてなかなか難しいというふうに思います。そこで、私どもが全国的な問題として考えなければならないのは、過疎地域の問題もさる事ながら、都市住民の心を豊かにするには、どうすればいいかということであります。我が国の都市に住む人たちが、豊かさというものを本当に実感するためにはどうすればいいか。まあいろいろあろうかと思いますけれども、私はやはり基本的には自然との共生だと思っております。

 したがって、都市部における田舎化ということも必要かと思いますが、過疎地域、農山村地域、田舎においてそれなりの都市化を図りながら、都市の皆さん、なかなか定住というのは難しいですけれども、一年のうち何度かでいいから都市の皆さんに来てもらうよう考えてほしいと思うんです。都市の皆さんを受け入れて頂きたい。都市と農山村地域との交流というものを、ぜひ進めて頂きたい。おそらく、それぞれの地域におきまして、今必死になっていろんなことをおやりになっておると思いますけれども、やはり、都市の人々は農山村地域に出かけまして、素晴らしい自然の中でゆっくりと時間を過ごす、・・・・・それがやっぱり心の豊かさというものを生み出していくのだと思います。

 都市における田舎化、そして田舎における都市化、そして都市と農山村との交流、ここにこれからの政治は目を向けていかなければならないのではなかろうか、私はそう思ってですね、これから一生懸命、そういった問題に取り組んでいきたい、そんなふうに思っております。

 そうしますとですね、具体的にじゃあどういう事をやればいいか。やはり、それぞれの地域がですね、元気にいろんな取り組みをやっていくにはですね、まあ老若男女、年寄りは年寄りで、女性は女性で、それぞれ役割分担があると思いますけれども、私はですね、やはり若者がですね、それなりに、定住しないといけないと思いますね。やっぱり若者。若者の定住。Jターン、Uターン、Iターン、何でもいいですけど、或いはそこまでいかなくってもですね、一年のうち何度かはこちらに出かけてきてといったことでですね、やっぱりそういうことを考えていかないといけないのではなかろうか。具体的に、どういうことをやればいいか。・・・・・・時間がございませんので、いろいろ私考えるところがありますが、大事な点を一つだけ申し上げたいと思います。

 私が広島におりますときと今日現在とで大変様変わりしたことがございます。それはですね、パソコンなんです。インターネットなんですね、マルチメディアなんですね。これの技術進歩というのはものすごい。島根県は全国の中でも比較的ですね、そういうパソコン通信だとかインターネットとかが、進んでいる地域だと思います。全般的に。しかしそれぞれの町村単位でですね、どのように取り組んでおられるのか。私は、今、リゾートオフィスということを言ってるんです。農山村地域は、先ほど言いましたとおりですね、自然の中で心が洗われる。地域の人々とふれあって実に心豊かになるわけですから、まあリゾートというのはおかしいかもわかりませんけれども、レクリエーションの場ですよね。そういうところに最先端のマルチメディアを導入するんです。そして、大体都市部でオフィスがあるわけですけれども、一年のうちですね、何回かきて、・・・・・それも2〜3日でパーっと帰るんではなくて、1週間なり10日なり2週間なりそこにいて、パソコンでもって、インターネットでもって、本社とやり取りをして、仕事もある程度やる。というふうなことで、10年ほど前からリゾートオフィスという考え方が出ておりますが、ようやくにしてですね、そういうものが実現可能になってきたのではなかろうか、とそんなふうに思っております。

 今日ご出席の皆様方の中で、インターネットを実際におやりになる方もおられると思いますが、私の今日の活動報告の見開きの中にですね、私のホームページのことをちょっと書いておりますけれども、その話はしません。要するに、小さな放送局が、それぞれの町村のしかるべき機関、或いは個人でできる。地域のさまざまな情報をですね、その小さな放送局から、全国に向けて或いは都市部に向けて、発信をして頂きたい。まあそんなふうに思っておるわけでございます。情報発信です。そして都市と農山村との交流の中からおそらくその土地に大変愛着を持ってですね、「ここがもう第2の故郷だ」というような人が出てくるに違いないと思います。都市と農山村との交流につきましては、現実にいろいろ取り組んでおられると思いますけれども、ぜひ、インターネットというものをフルに活用して頂くことをぜひお考えいただきたい。これを今日提案させて頂きたいと思います。
■おわりに

 先ほども申しましたけれども、町というものはやはり住民がその土地に愛着を持って、その土地の文化とか伝統というものを育んでいくというものでなければならない。それが永続的な、半永久的に続くコミュニティーなんですね。そしてそれを引き継いでいく人たちというのは、若者であり、子供である。こういうことでございまして、ぜひ、今の時代の大きな流れ、高度情報化というものが、大変なスピードで進んでおりますので、ぜひ積極的に、そういった問題とも取り組んで頂きたい。そして自然との共生の中で、自然に感謝し、祖先に感謝し、神に感謝してですね、その土地の文化とか伝統というものを育んでいかなければならない。そういったことが私の「共生の思想」なのでありますが、そういった「共生の思想」こそこれからの世界におけます、梅原猛さんの言う「第三の文明」というものを作り上げていくのかなあと、そんな予感を持っているわけでございまして、その鍵を握っているのは大都市部ではなくって、むしろ過疎地域、農山村地域ではなかろうか。

 私も大変微力ではございますけれども、竹下先生やら、青木先生やら、景山先生なんかのご指導もいただきましてですね、過疎地域の「ロマンある地域づくり」に取り組んでいきたい。ぜひ皆様方も、何かありましたらですね、具体的にお話頂けば大変結構だと。

 皆さん方の、それぞれの地域が、これから生き生きして、素晴らしい地域にですね、なっていきますことを祈念申し上げまして私の話をおわらさせて頂きたいと思います。ありがとうございました。

Iwai-Kuniomi