私は、先に、「古代における関東」を概観して次のように述べた。
在来文化と外来文化と混ざりあって、醗酵し、そして・・・はたしてどんな新しい文化がでてくるのか。古代における関東は、ふたつの文化の統合として、歴史上もっとも価値あるものを生み出したのではないか・・・私はそんな気がする。私の思いは、明惠と泰時との結びつき・・・<あるべきようは>・・・そのことである。そして、歴史的な必然性というものを強く感じるのは、東大寺というものの存在であり、良弁と明惠の存在である。良弁と明惠は鎌倉で密接に繋がっているが、二人は「華厳の思想」でも繋がっているのだ。そして世阿弥とも繋がっている。これらのことが・・・もし・・・我が国の将来に大きくかかわってくるとしたら、・・・誰だって・・・歴史の必然性というものを感ぜざるを得ないのではないか。
そんなことを言いながら、再び・・・蝉丸神社に旅をした。「世阿弥の世界、能という世界を垣間見てみたい! 明惠の<あるべきようは>と・・・どう繋がってくるのか!」・・・・そんな想いからであった。
そして、北海道・標茶ではアヤメ登山をして、「挙体性起(きょたいしょうき)」している「あやめ」をみた。存在が「花している」姿である! 一番いい形がそこにある! 足すこともできない。引くこともできない。世阿弥の世界、能の世界と同じである。
それが・・・・・明惠の世界、<あるべきようは>の世界である!
それではいよいよ明惠の<あるべきようは>の聖地・・・・かの鳥獣戯画で有名な高山寺を訪ねることとしよう! これでとりあえず「武家社会源流の旅」は終わることとしたい!
日本武尊の伝説である・・・走り水における弟橘姫命(おとたちばなひめのみこと)の伝説については先に述べたが、秩父と同様に、房総半島には日本武尊の伝説が実に多い。記紀には走り水の伝説しか書いてないのであるが、それから派生したものであろう、後世の文書や口伝えが房総半島には実に沢山あって、数百に及ぶらしい。
日本武尊とは、学問の世界ではそれが定説であるが、ただ一人の英雄をいうのではなくて、五世紀頃から数百年にわたって大和朝廷の武将たちが度重なる遠征をした・・・そのときの出来事や印象が凝縮されて出来上がったものである。だから、ヤマトタケルとは、「ヤマトにおける猛々しく荒々しい武勇優れた者」という意味であって、そういう点からは一般名詞に近いニュアンスを持っている。もちろん、物語としては一人の人物として語られているので、そういう点からは固有名詞である。日本武尊については、一般名詞といえば一般名詞、固有名詞といえば固有名詞という、ハイブリッド的な理解が必要であろう。
武家社会源流の旅として、等々力渓谷を出発し、江戸の神田明神、大磯の高麗神社、大山の阿夫利神社、初島の初木神社、熱海の伊豆山神社、鎌倉の甘縄神社、鎌倉大仏など・・・・必ずしも神社を意識した訳ではないが、結果的に神社を中心に旅をしてきたようだ。しかし、私としては、もちろん歴史的な旅のつもりである。ここらですこし今までの旅を振り返りながら、隠れた歴史として、古代における関東の姿を概括的に述べておきたい。
私は、歴史の流れを概観することによって歴史の必然性というものを感じる。将来が見えてくるように感じるのだ。武家社会の源流から歴史を眺めた時、その先に何が見えてくるか。そこが今度の旅の目的である。
しばらくご無沙汰をしました。四月は、一月からの殺人的な日程により、ストレスと疲労がたまったのでしょう・・・・、私も遂にダウンしてしました。朝はやく夜が遅い日々が続きましたので、ほとんどパソコンに向かう余裕もなく、イナターネットフォーラムの方だけで、桃源雲情の方はご無沙汰にならざるえなかったという訳です。
「武家社会源流の旅」もようやく最終段階に入って参りました。いよいよ鎌倉幕府の謎に迫って参りたいと思います。この旅は、「武家社会」誕生の謎、それは鎌倉幕府誕生の謎でもあるのですが、・・・そういった謎に迫りながら、私は、平和な国づくりに結び付けたいと考えているのです。つまり、私は、西国と東国との関係に重大な関心を置ながら、鎌倉幕府誕生の歴史的意義を明らかにして、これからの我が国あり方を考えるよすがにしたいと思っているのです。はたしてそういう企みが成功するかどうか・・・・。
前にも述べましたが、御承知のように、私の「桃源雲情」というホームページでは、「怨霊」をテーマに平和の原理を追求してきました。「平安遷都を訪ねて」というシリーズは、ちょうど平安遷都1200年の節目の頃から始めたのでそういうタイトルになっていますが、実は、「怨霊」がテーマの旅であります。
一応、旅を続けてきて、「蝉丸」というページをつくりかけたところで、「これはダメだ。どうしても武家社会の勉強をしなければならない。」・・・・そういうことに気がつき、「蝉丸」というページの作成をとりあえず延期しました。「蝉丸」の後に、「源氏物語」を取り上げるつもりでありましたが、当然それも延期しました。
しかし、「武家社会源流の旅」もどうやら最終段階に入ってきましたので、ぼちぼち両者を結び付けることを意識して参りたいと存じます。これからは、ひきつづき「武家社会源流の旅」を続けながら平和に関しての哲学的な思考を続けて参りたいということです。
貴船というページの中に「 聖と邪の一体化、・・・・それが貴船だ! 」というのがありますが、ここを修正しました。
新しいリンク先は、聖と邪の一体化 です。
毎日新聞の「時代の嵐」というコラム(2000年8月27日)に中西輝政さんが書いておられたが、「祈り」ということは大事だ。
私が「怨霊」をテーマに旅を続けている所以である。
もっとも、今はちょっとお休みをして「武家社会源流の旅」に切り替えているが・・・・。
いずれ二つのの旅がドッキングして、憲法改正にあたっての重大な示唆を与えることになると考え、ここしばらく「武家社会源流の旅」を始めているのだが、今日は、中西輝政さんのコラムを思い出し、「怨霊」について触れておきたい。
北海道様へのラブレター
厳しい寒さが続きますが、お体の方は如何がでしょうか。ここ近年元気がないとのことですが、特にこの寒さ続きがお体に響きはしないかと・・・それを心配しております。
さて、いよいよ21世紀ですね。貴女様の「あるべきようわ」を考えるとき、夜も眠れないほど貴女様が恋しくて、時間をかけてゆっくりお会いしたいと思うのですが、なにせ忙しくて・・・ままなりません。
貴方のお姿は、札幌など道央はもちろんのこと、道北も道南もすべて美しく、私をうっとりさせるのですが、今日は、道東の一部、標茶について、私の気持ちを告白させていただきます。
北海道様が、21世紀において一日も早く元気を出され、イキイキと・・・皆様をもてなしていただくよう、心から祈っております。私も、身も心も北海道様と一緒になって「挙体性起(きょたいしょうき)」を体現していきたいと思っております。
それでは、ここをクリックして下さい! お元気で!
(追伸:厖大なページになっていますので、お急ぎの方は、最後の「テディー・斉藤とのすばらしい対談」のみ読んでいただいても結構です。)
愛する私の北海道様!
国土交通省大臣政務官 いわい國臣
等々力渓谷、神田祭り、大磯など以前のWhatsNewへリンク!
フジタの池水富美矢 <ikemizu@pop16.odn.ne.jp>から次のような便りがありましたので、報告しておきます。
あけましておめでとうございます。
絶不調の建設業界に身をおく池水です。
21世紀がスタートしました。少子・高齢化、環境問題など、課題が山積しておりますがわれわれは、安心・安全の社会インフラを、次世代に残さなくてはなりません。
きょう1月17日は、あの阪神大震災からちょうど6年です。岩井先生の肝入りで設立された「阪神復興・岩井フォーラム」も、芦田座長を中心にして活発な活動を展開してきましたが、昨年までの活動成果を「提言」としてとりまとめました。
6年目の節目の本日、その提言の骨子を、「阪神復興・岩井フォーラム」のホームページにアップしました。先生の「研究会」活動のページからも入れます。
ご一読ください。提言の全文は、近日中に同ホームページのデータベースに掲載予定です。
みなさん こんにちわ! 桃源雲情のiモード版の御案内です。
桃源雲情のiモード版を作りました。 iモードで御覧下さい! 素人のやることですのでお粗末ですが、なんとかできました。
[WhatsNew]と[いわいの日記]もさることながら、[今週のお客さん]を是非御覧下さい!
そこでお願いですが、皆さんの思い、想い、念い・・・なんでも結構ですので、私のインターネットフォーラムに投稿して下さい。岩井に対する注文でも良いし、自民党に対する注文でも、国土交通省に対する注文でもなんでも結構です。お待ちしています。
その場合、できれば200字以内でお願いします。というのは、その投稿文を桃源雲情iモード版の[今週のお客さん]に紹介したいからです。よろしくお願い申し上げます。
なお、インパクの「旅に関する掲示板」にも、是非、投稿して下さい! お願いします。
21世紀がインパクトともに始まりました!
IT革命の真っただ中、インパクはとても良い企画です。
さすが堺屋太一さんですね! とてもいい!
ところで、皆さんはもうお出かけでしょうか?
まだでしたら、是非、お出かけ下さい。
そして、旅のパビリヨンにもお立ち寄り下さい。
21世紀は「旅の時代」です! 是非ともここにも足を伸ばして下さい!
以上、インパクの御案内でした。
いよいよ21世紀ですね。現在の閉息感を打破し、今年こそ夢多い年にしたいものです。
私がいつも言っていますように、21世紀の大事なキーワードは、共生、コミュニケーション、連携であります。この三つの言葉は、少しずつニュアンスが違いますが哲学的には同根の言葉であり、21世紀は、共生の時代と言っても良いし、コミュニケーションの時代と言っても良いし、連携の時代と言っても良いのであります。ここではコミュニケーションの時代と言っておきましょう。
コミュニケーションの時代は、国の基本的な戦略としてコミュニケーション産業を育てる必要があります。コミュニケーション産業はコミュニケーションに関するすべての産業であって音楽なども含みますが、戦略的に大事なのは、IT産業であり、ビジター産業であります。
また、コミュニケーションの時代におけるライフスタイルとしては、感性を磨けば磨くほど楽しくなるような趣味が尊ばれ、自然との響き合い、宇宙との響き合いというものが大事になりましょう。そして、そのための環境・・・、中村雄二郎さんのいうところの「トポスの知」がいよいよ大事になってくるでありましょう。かかる観点に立って、地域づくりとしては、自然と歴史と文化にもとづく「知のトポス」を作っていかなければなりません。
第4次国土総合開発計画では、多自然居住地域が国土づくりのフロンティアだと位置づけられています。それら多自然居住地域の整備をどのように進めていくのか、また多自然居住地域と中心都市との連携をどのように図るかということもこれからの大きな課題だと思われます。
さて、私は、21世紀は平和の時代というか、世界が真剣に平和を追求していく世紀だと考えています。そして、私は、広島との御縁から自分なりに平和というものを、或いは平和の原理というものを考えざるを得ないことになり、もちろん喜んででありますが、・・・ずっと私なりに平和の原理というものを考えて参りました。そして、「桃源雲情」というホームページでは、「怨霊」をテーマに平和の原理を追求してきました。「平安遷都を訪ねて」というシリーズは、ちょうど平安遷都1200年の節目の頃から始めたのでそういうタイトルになっていますが、実は、「怨霊」がテーマの旅であります。一応、旅を続けてきて、「蝉丸」というページをつくりかけたところで、「これはダメだ。どうしても武家社会の勉強をしなければならない。」・・・・そういうことに気がつき、「蝉丸」というページの作成をとりあえず延期しました。「蝉丸」の後に、「源氏物語」を取り上げるつもりでありましたが、当然それも延期です。
今は、「武家社会源流の旅」を続けていますが、「源流」と名付けたのは、武家社会成立の頃まで遡って考えてみようという意図からです。武家社会が成熟するのは言うまでもなく江戸時代でありますが、武家社会を律する原理、言うなれば憲法みたいなものですが、その原理というのは、実は、北条泰時によって出来上がるのであり、私は、そこに歴史的必然性というか、坂東ならびに東北の成立過程における武者(もののふ)たちのエネルギーというか・・・ものの道理のなさしめる必然性というものを感ぜざるを得ません。そのエネルギーの中に何か社会が向かうところの真実というか・・・平和の原理というものがあるのではないか・・・というのが私の直感です。
どうやらそれが見えてきました。しかし、今それを言うには少し早すぎるようであります。もうちょっと私の旅にお付き合い下さい。もう少しです。
ここでは、終息の為の伏線として、次の小論文をアップしておきます。これを見ていただき、どのような結末になるかを想像していただければ望外の喜びであります。今年が良い年でありますように!
3、東北文化の誕生
5、空海と徳一
6、祖霊信仰
昨年の春、北海道は、摩周湖の第一展望台から外輪山を西別岳まで、アヤメ登山をした。アヤメが特に印象的だったのでそう呼んでいるのだが、是非、皆さんにもお勧めしたい登山である。夢か現(うつつ)か幻か・・・これはちょっとオーバーな言い方かもしれないが、今思えばあのアヤメ登山は夢のようである。華厳の世界と言うべきか。挙体性起(きょたいせいき)という華厳思想の言葉があるが、私は、このアヤメ登山で挙体性起(きょたいしょうき)ということを説明したいと思う。はたして説明できるかどうか。乞うご期待!
昨日(12月22日)は、八戸(はちのへ)から鹿角(かづの)を経て能代まで、青森と岩手と秋田の県境を延々と走った。丘陵地帯が続く。何となく西日本と違う風土を感じながら、これら農山村地方の今後のあり方をいろいろと考えた。どうなるのか。このままだと農業後継者は極端に少なくなり、これら地方の過疎化はどうしようもなくなっていくのではないか。ではこれら農村地帯を今後どうすればいいのか・・・・私にもよく判らない。よくは判らないのだが、ひとつのヒントして「東北地方に想う!」というメモを書いてみた。ここに紹介しておきたい。